レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

霧の子孫たち

霧の子孫たち (文春文庫)

新田次郎氏の地元・長野県で実際にあった霧ヶ峰の自然保護運動をテーマに描いた作品です。

本ブログで紹介した"聖職の碑"もそうですが、実際の出来事を小説化する手法は著者のもっとも得意とするところです。

時代は昭和40年代。

人口増加に伴う宅地造成、高度経済成長によりレジャー地の開発が進み、日本の自然の多くが破壊される危機に瀕していました。

しかもその多くは、政府や地方自治体による政策によるものであり、長野県の諏訪地方にある霧ヶ峰高原にも有料道路建設の計画が進められ、多くの固有種に絶滅の危機が迫ってきました。

もちろん観光事業が盛んになることで地元経済が潤うという側面があり、地元の人々にとって必ずしも悪いことばかりでなく、そこに自然保護運動の難しさがあります。

その中、一市民として考古学に従事する宮森栄之助、産婦人科の院長でありアマチュア天文学者である"青山銀河"、高校教師として霧ヶ峰の自然保護に取り組む"牛島春雄"らが中心となり、霧ヶ峰の自然保護運動が展開されてゆくことになります。

題材が題材だけに地味なストーリー展開であることは否めませんが、作品中を通じて霧ヶ峰の自然の美しさが伝わり、霧ヶ峰が決して未開拓の秘境の地などではなく、残された遺跡が示すように、太古から人間と密接に関係し、共存してきた自然であることが分かります。

しかし人間が自然に対して謙虚さを忘れ横暴さを顕わにしたとき、わずかな期間で簡単に破壊されてしまう脆いものであり、しかも固有種の多い霧ヶ峰の自然は一度破壊されると二度と再生することが出来ないという現実があります。


今でこそ世界遺産ブームで自然保護への関心は高まりつつありますが、経済成長を最優先にしていた当時にあって毅然と環境破壊へ立ち向けかった無数の市民たちの功績が土台にあるのではないでしょうか。


本作のように自然保護を小説の題材として取り上げることは、著者流の環境保護活動でもあるのです。