サラミスの兵士たち
サラミスといえば地中海の小島ですが、実際には紀元前480年にそこで行われたギリシアとペルシアの間で行われた古戦場として有名です。
とはいいつつも、本書は「サラミスの海戦」を題材とした作品ではなく、1930年代後半のスペイン内戦をテーマとした小説です。
スペイン内戦というと日本にはあまり馴染みがないかも知れません。
一般的には、反乱軍が人民戦線内閣(共和国軍)へ対し蜂起した事件ですが、ファシズムvs反ファシズムの側面もあれば、復古主義vs共産主義といった側面もある複雑な背景に持っています。
ただしいずれにせよ、スペインの国内を二分して多くの犠牲者を出した内戦であることは確かです。
著者はスペイン人のハビエル・セルカス氏ですが、本書ではセルカス氏自身がふとしたきっかけでスペイン内戦に興味を持つところから始まります。
それは反乱軍(より正確にはファランヘ党)の思想的な指導者であるサンチェス=マサスが共和国軍に捉えられ、集団銃殺の場から偶然に逃れた事件を息子のフェルロシオから聞いたことに端を発します。
やがてフランコ将軍が共和国軍を撃破し権力を掌握した際にサンチェス=マサスは大臣となりますが、根が政治家ではなく、思想家や小説家といった性格のサンチェスは大臣を辞任し(罷免という説もあり)、程なく歴史の表舞台から姿を消します。
つまりスペイン内戦においては些細で、歴史の闇へ永遠に葬られれもおかしくない事件を執拗に追うことになります。
実際はわかりませんが、作品に登場する著者は小説家になることを諦め、新聞記者として生計を立てる人物として描かれていますが、自身が生まれる前に起こった内戦の埋もかけた事実を知ることで、再び文章家としての血が騒ぎ始めます。
物語の後半には、銃殺の現場から逃走したサンチェス=マサスを発見しながら見逃した1人の共和国軍の兵士に興味を抱くことになり、その人物を推測し、そして追い求めることになります。
やがて著者は探求の終着駅ともいえるフランスの介護施設で暮らす老人(元兵士)"ミラリェス"と出会うことになります。。。
著者はそこで今の平和な時代が無数の名も無き兵士たちの活躍によって築かれたものだと確信します。それは祖国を守るべくペルシアと戦った名も無き多くのギリシア市民たちのイメージと重なるものでした。
本作品はスペイン内戦の戦史でも回想録でもなく、戦争文学と位置づけられるべきものです。
感動や感傷、戦争から学んだ教訓めかしいものは極力排除し、ひたすら事実を探求し、その過程で巡り会った人々との会話を元に物語が進んでいきます。
日本ではあまり知られていない作品ですが、スペインではベストセラーになっています。
スペイン内戦を題材とした戦争文学を味わえる数少ない作品ではないでしょうか。