直江兼続 下―北の王国
上杉景勝と直江兼次。
この作品を読んで印象に残ったのは、この2人の絆にスポットを当てていることです。
景勝は寡黙で感情を表に出さない人物であったと言われています。
一方で兼続は幼年期から景勝と共に過ごし、若干24歳にして上杉家の筆頭家老となり、外交、内政を一手に引き受けています。
さらに秀吉の兼続への待遇は、兼続の主人としての景勝が嫉妬や疑惑を抱かない方が無理といえるほどの寵愛ぶりです。
客観的に見ると景勝の個性が薄いように見えますが、景勝自身は暗愚でも優柔不断でもなく、上杉謙信以来の戦国大名としての質実剛健を受け継いだ人物だったと思います。
歴戦の強者が顔を並べる上杉家臣団において、若い兼続の活躍を面白く思わない連中がいるのは当然だと思いますが、景勝の兼続へ対する信頼は最後まで揺らぐことはありませんでした。
読み進めるうちに"直江兼続"が主人公の小説でありながら、個人的には"上杉景勝"の方へ関心が移ってゆきました。
"上杉謙信"という半ば神格化された先代の跡を継ぐ景勝のプレッシャーは並大抵のものではなく、武田信玄の後継者であった勝頼、同じく北条氏康の後継者であった氏政が滅んでしまった事実を考えると、戦国時代を生き抜いた景勝は決して凡庸ではありませんでした。
秀吉の時代に越後から会津120万石へ増封されますが、最終的には家康と敵対したために米沢30万石へ減封となる経緯だけを見れば、歴史的には敗者と見なされるかもしれません。
しかし家康が台頭をはじめた途端、ゴマをすったり、日和見的な態度で終始する大名が多い中で、景勝・兼続の毅然とした態度は戦国時代の中でも異彩を放っており、彼らの気骨が本作品のテーマになっています。
直江兼続 上―北の王国
童門冬二氏が直江兼続を描いた歴史小説です。
他の作品にも言えることですが、童門氏の描く歴史小説は現代風に分り易く書かれており、特にこれから歴史小説を読んでみようという人には最適な作家です。
"直江兼続"については2009年の大河ドラマ「天地人」の主人公となったこともあり、戦国時代の中でも知名度や人気の高い武将であるといえます。
私自身は(戦国時代に限らずですが)歴史好きであるにも関わらず、これまで直江兼続を主人公とした歴史小説は読んだことはありませんでした。
直江兼続はその歴史的な功績や評価が難しい部類の人物です。
その一方で歴史小説では、"義"や"友愛"といった彼の一面的な部分が拡大解釈されて描かれるであろうことが容易に想像できてしまい、積極的に読む気になれませんでした。
しかし"義"や"友愛"といった要素を一切省いて考えてみても、兼続を評価できる点が幾つかあります。それを大きく整理すると、以下の4点になります。
- 陪臣の身でありながら秀吉から異例ともいえる30万石を与えられている。もちろん秀吉が兼続を個人的に気に入っていた要素も大きいが、こうした秀吉の抜擢人事は武将の能力に対してもきちんと評価されている傾向がある。
- 徳川家康を挟撃することを目的とした石田三成との連携は戦略的に優れており、その決断と実行力は評価できる。結果として三成へ対して関ヶ原の戦いのための必要十分な準備期間を与えた。さらに補足すれば関ヶ原の戦い自体の勝敗については、兼続にその責任はない。
- 御館の乱から最終的に米沢30万石へ減移封されるまでの間、上杉家は(他家と比べれば)団結して一貫した行動をとっており、実務の最高責任者であった兼続の統率力は評価できる。
- 内政面において開墾や治水、商業開発に力を注ぎ、その手腕は評価できる
一方で局地的な戦場の指揮において抜群の実績はありませんが、彼が宿老ともいえる地位にあったことを考えると、他の武将へ任せてもよい部分であり、必須能力ではありません。
つまり稀代の名将ではありませんが、紛れもなく優秀な武将という評価です。
今回はレビューとはまったく関係のない内容でしたが、それは次回に書きたいと思います。
ムーンシェイ・サーガ〈6〉暗黒(ダークウェル)の解放
前回予告した通り、今回は主人公トリスタンたち一行に立ち塞がる悪のキャラクターたちを紹介したいと思います。
多くのファンタジー小説と同様に、「フォーゴトン・レルム」では善の神々と表裏一体を成すように悪の神々が存在し、重要な役割を果たします。
つまり"善"が存在する以上は"悪"も必ず存在し、それも単純に邪悪で強力であればよいというわけでなく、綿密なバックボーンを持たせなくては奥深い世界観は作り出せません。
- バール
- カズゴロス
- トラハーン
- エリアン
- ラリック
- ホバース
- シンダー
- シャントゥ
- サラ バール神に仕える半魚人族サヒュアジンの女司祭長。 残虐な性格で、強力な魔法を操る。
かつて主人公トリスタンたちと共に戦った仲間が敵となり、またその逆のパターンもありますが、長編だけあってここで紹介したのは登場人物のほんの一部でしかありません。
最後に蛇足かも知れませんが、「ムーンシェイ・サーガ」はカバーのイラストも秀逸です。
すでに絶版となっているせいかAmazonのイメージを掲載できないのが残念ですが、幸いにも中古本としては比較的容易に入手できそうです。
少なくとも読者の想像力を豊かにしてくれる作品であることは間違いありません。
ムーンシェイ・サーガ〈5〉猫の爪・豹の牙
ムーンシェイ・サーガ〈5〉猫の爪・豹の牙 (富士見文庫―富士見ドラゴン・ノベルズ)
これまでは「ムーンシェイ・サーガ」の特徴や世界観などを中心に書いてきましたが、今回は主人公トリスタンたちと共に冒険をするキャラクターたちの一部を紹介してみようと思います。
ファンタジー小説の魅力は、人間に限らず様々な種族やモンスターが登場するところです。
また彼らの持つ能力も多様であり、登場人物の紹介を見るだけでも楽しむことができます。
- トリスタン
- ロビン
- ダリス
- ポールド
- ケレン
- カンサス
- フィネレン
- ニュート
- ヤジリクリック
- ダヴィシュ
- ヤク
- ブリジッド
ここで紹介した以外にも多くのキャラクターが登場しますが、トリスタンたちに負けないくらい個性的な悪の陣営のキャラクターたちを紹介したいと思います。
ムーンシェイ・サーガ〈4〉死せる王妃の預言
魔獣カズゴロスがトリスタンたち一行によって倒され、コーウェル王国に平和が戻ってきたと思われましたが、更に強大な危機が世界に迫りつつありました。
その正体は暗黒神バールであり、苦戦して倒した魔獣カズゴロスは彼の手下の1人でしかありませんでした。
舞台となる「フォーゴトン・レルム」には多くの神々が存在しますが、いずれも大きく3つの属性(秩序・中立・混沌)に分類されます。
バールはもちろん混沌を好みますが、彼が滅ぼそうとする地母神は当然のように秩序を重んじる神です。
「フォーゴトン・レルム」において神々は強大な存在ですが、決して不死身の存在でなく滅んでしまうこともあります。
これは作品中で作られた設定ではなく、厳密に設計された「フォーゴトン・レルム」全体のルールに忠実であるに過ぎません。
神々は通常、直接的な力を行使することが出来ないため、自らが創造した生物や、忠誠を誓っている信者たちを通して間接的に力を発揮します。
そしてその他にも特定の神を信仰せずに、自らの才覚で剣や魔法といったスキルを持った人々も存在します。
こうしたファンタジー世界における定番ともいえる世界観は、その後の多くの(ゲームや小説などの)作品に影響を及ぼしており、D&Dというゲームのために厳密に設定された「フォーゴトン・レルム」の功績は極めて大きいのではないでしょうか。
ムーンシェイ・サーガ〈3〉七人の黒魔術師
ムーンシェイ・サーガ〈3〉七人の黒魔術師 (富士見文庫―富士見ドラゴン・ノベルズ)
引き続きネタバレに気を付けながら本作品の大筋を紹介してゆきたいと思います。
物語は邪悪で強力な怪物(カズゴロス)が長い眠りから目覚めるところからはじまります。
カズゴロスの標的は"コーウェル王国"が信仰する地母神を滅ぼすことであり、主人公トリスタンはその国の王子として登場します。
そして長年に渡りコーウェル王国の宿敵だったノースメンの王に扮したカズゴロス率いる軍勢とコーウェル王国が存亡を賭けた戦いを繰り広げてゆくことになります。
若くて勇敢な王子が主人公というありがちな設定ですが、良く言えばファンタジー小説の王道であり、ダイナミックに物語を展開するという点では、非常にやりやすい設定です。
実際「ムーンシェイ・サーガ」は長編にも関わらず常に早いテンポで物語が展開してゆきます。
長編小説では、物語の進行が停滞してしまう(中だるみ)が出てしまう作品がありますが、少なくとも「ムーンシェイサーガ」においては無縁です。
著者の"ダグラス・ナイルズ"は本職がゲームデザイナーであり、小説家としては本作が処女作でありながら、これだけの長編小説を手掛けた事実には驚きます。
繊細なストーリー構成にやや欠ける部分がありますが、物語の本筋を大胆に展開するといった手法は、小説へ対する先入観が無いこと、それにゲームデザイナーとしての経験がうまく生かされているのではないでしょうか。
ムーンシェイ・サーガ〈2〉竪琴と一角獣
ムーンシェイ・サーガ〈2〉竪琴と一角獣 (富士見文庫―富士見ドラゴン・ノベルズ)
前回紹介した通り「ムーンシェイ・サーガ」は"フォーゴトン・レルム"という架空の世界を舞台にした小説です。
とはいっても様々なゲーム・小説の舞台になっている世界だけに、長編小説にも関わらず本作品で描かれる舞台は、"フォーゴトン・レルム"のほんの一部でしかありません。
舞台は"フォーゴトン・レルム"の西に浮かぶ”ムーンシェイ諸島”で繰り広げられます。
単行本で全6巻に及ぶ長編であり当然のように物語に一貫性がありますが、ちょうど2巻ずつで大きく場面が区切られています。
つまり6巻で3シリーズ分の物語を読め、何となく得した気分になれます。
そして本作の特徴は何といっても、強力な武器や魔法が惜しげもなく登場する迫力の戦闘シーンです。
RPGにおいても白熱する戦闘やそこに登場する魔法や武器が大切な要素となりますが、これが小説においても意識的に描かれているといえます。
一言で表せばダイナミックで派手なファンタジー小説といえるでしょう。
ムーンシェイ・サーガ〈1〉魔獣よみがえる
ムーンシェイ・サーガ〈1〉魔獣よみがえる (富士見文庫―富士見ドラゴン・ノベルズ)
テーブルトークRPG(TRPG)としてアメリカでもっとも人気を博したダンジョンズ&ドラゴン(D&D)の舞台となる架空の世界(フォーゴトン・レルム)を舞台に書かれたものです。
つまり本作品は完全にゲームデザイナーによって書かれた小説です。
ここは読書ブログなのでTRPGやD&Dについては深く追求しませんが、日本でもゲームの企画が発展して小説化された例は数多くあり、「ムーンシェイ・サーガ」はその草分け的な存在といえます。
1つの架空の世界を舞台としてゲーム、小説、そしてアニメと展開してゆく手法は今でこそ珍しくはありませんが、この"フォーゴトン・レルム"ほど壮大で緻密な世界設定を行なっている作品は他に類を見ないものです。
そして本作「ムーンシェイ・サーガ」は、ファン以外の人でも充分に楽しめるエンターテイメント性を持っています。
それは「D&D」ファンを楽しませることは当たり前ですが、よりファンの裾野を広げるため(=新たなファンを獲得するため)にも力を入れて書かれているからです。
「D&D」はRPGにおいて不滅の金字塔を築いたタイトルです。
その世界を舞台にした作品の中でももっとも有名な「ムーンシェイ・サーガ」はRPGファンとしては絶対外せない作品であり、ファンタジー小説ファンとしても抑えておきたい作品です。
デッドライン仕事術
女性向け下着メーカーであるトリンプ・インターナショナル・ジャパンの元代表取締役副社長であり、同社を19期連続増収・増益に導いた吉越浩一郎氏による著書です。
副題に~すべての仕事に「締切日」をいれよ~とある通り、彼のマネジメントの最大の特徴は、時間に重点を置いたものです。
過去にも著者は同様の本を執筆していますが、本書ではその内容がより研磨されており、新書という分量でありながらも余すことなくその手法を伝えてくれます。
まず本書の序盤で、日本の会社における"残業"の恒常化を指摘しています。
更には"残業"をしても消化される仕事の分量が増える訳ではないとし、むしろ非効率なものと切り捨てています。
もちろん普通は「より長い労働時間=より多くの成果」という考えが普通ですが、それは幻想に過ぎず、むしろ効率性が本質(仕事の品質・量)を左右するとしています。
本書で特筆すべきは、効率を上げるための最大のポイントは「決断までの所要時間を短くする」ことだと説いています。
何かを決断するときに、色々と議論を重ねている時間は一見すると有意義な気がしますが、実際には何の進展も無いまま過ぎ去っていく無駄な時間であると断言しています。
同時に"根回し"と言われる水面下での調整についても無用であるとし、責任を伴う決断はあくまでもトップダウンで素早く下されるべきだとしています。
大きく複雑な問題へ対しては、「エメンタールチーズ化」というユニークに表現を用いていますが、要するに問題を小さな破片に分解してしまい、その積み重ねで簡単に処理できるとしています。
つまり小さな決断と実行そのものが個々のタスクであり、そのタスクの期限を厳密に定めることがデッドライン仕事術に極意であるといえます。
私自身の解釈は、ビジネスの場はチャンスやピンチが瞬く間に訪れる戦場のようなものであり、その現場の責任者たちが素早く決断しなければ生き残ることが覚束ない厳しい環境であるということです。
裁判官の爆笑お言葉集
裁判官は"法の番人"であり、一切の私情を挟まず冷静に法の執行を司るべき存在です。
しかしながら人を裁くという行為は、裁く側も人間である以上、その重責は決して軽いものではなく、本書では時に裁判官が心情を暴露た数々のエピソードが100以上も収められています。
そんなエピソードを少し紹介したいと思います。
- 「控訴し、別の裁判所の判断を仰ぐことを勧める。」
- 「今、ちょうど桜がよく咲いています。これから先、どうなるかわかりませんが、せめて今日一日ぐらいは平穏な気持ちで、桜を楽しまれれはどうでしょうか。」
- 「母親の愛情は、海よりも深いといいます。この言葉を噛み締めてください。」
このような形で本書で紹介されている言葉は比較的深刻なものが多く、タイトルの「爆笑お言葉集」には違和感を覚えますが、裁判官をユニークな視点で描いた興味深い1冊でした。
登録:
投稿
(
Atom
)