終わらざる夏 (中)
引き続き、太平洋戦争末期を舞台にした浅田次郎氏の「終わらざる夏」をレビューしてゆきます。
本書を読み始めてしばらくすると、典型的な浅田氏の作品とは違った手法で書かれていることに気付きます。
つまり人情小説や歴史小説、そしてエッジの効いたフィクション小説の作品のいずれにも属さないタイプの作品です。
どちらかといえば純文学、さらに細分化すれば「戦争文学」といえるかもしれません。
本書では一流のストーリーテラーといわれる浅田氏の顔は影を潜め、「国家と戦争」という形の無い巨大な化け物に翻弄される人びとの心理描写にひたすら徹してゆきます。
その中の一部ですが、登場人物を並べてみます。
- 本来ならば徴兵の対象に入るはずの無かった40代半ばの会社員・片岡直哉
- 軍医として招集された若き医師・菊池忠彦。
- 金鵄勲章を授与されるほどの軍功を立て退役していたが、再招集された鬼熊軍曹。
- 第一次大戦以来、叩き上げの大日本帝国陸軍の下士官である大屋准尉。
- 戦車隊を志願した少年兵・中村兵長。
- 参謀本部より密命を承けて占守(シュムシュ)島に派遣された若き将校・吉江少佐。
その他にも軍人・民間人に関わらず、多くの人物が登場します。
小説を読み慣れていないと、混乱してしまう程の人数ではないでしょうか。
もちろん長編小説であるため登場人物が多いのは当然ですが、ストーリーそのものは彼ら(彼女ら)の歩んできた道や心理描写を通じて、少しづつ進行してゆきます。
当然のように立場の違う人びとの戦争へ対する想いは人それぞれです。
戦争を自分の運命として受け入れる人もいれば、戦争の勝敗などどうでもよく一刻も早い終戦を望んでいる人もいます。
それでも共通するのは戦争に巻き込まれながらも家族や仲間を大切にし、決して絶望せずに生き抜こうとする姿なのです。