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鬼の冠

鬼の冠――武田惣角伝 (双葉文庫)

明治時代に活躍した武道家・武田惣角を主人公した歴史小説です。

著者の津本陽氏は、合気道の開祖・植芝盛平を主人公とした小説「黄金の天馬」を執筆していますが、その植芝の師匠としても知られています。

新羅三郎義光(源義光)を開祖とし、会津藩で代々受け継がれてきた大東流合気柔術の後継者として惣角は生まれます。

彼とまったく同世代に生きた講道館の創始者である嘉納治五郎は、スポーツとしての武道を広く世に広め「柔道の父」と呼ばれましたが、惣角は武術の近代化という考えを微塵たりとも持つことはありませんでした。

すなわち殺人を目的とした武術本来の目的を捨てずに実戦の中で腕を磨き、生涯に渡って定住さえせず、ひたすら己の強さを追い求めた戦国時代の剣術家のような空気を持った武道家です。

江戸時代が終わり急速に近代化が進む明治時代にあって、ひたすら"武"を追い求める惣角の生き方は、当時でも珍しかったに違いありません。

そして彼が生涯、武術家として生き続けた証となる最晩年のエピソードが本書に紹介されています。

惣角は武芸者の心得として、つねに匕首(あいくち)を腹巻に納めていた。それも鞘に入れない抜き身の刀身を布で巻き、剣尖をあわわしたものである。
夏の午後、惣角はうつぶせにうたた寝していた。昔の武芸者は、あおむけには寝ないものであった。

あまり静かに寝ているので、ひょっとすると、そのまま息をひきとったのではないかと懸念した(息子の)時宗が、肩に手を置き揺りおこそうとすると、惣角はとっさにふりかえり、手に持った匕首で時宗の腕を刺した。

昭和初期に「今卜伝」とまで評された武田惣角の人生は、神秘的な魅力に溢れています。