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ブルーインパルス 大空を駆けるサムライたち

ブルーインパルス 大空を駆けるサムライたち (文春文庫)

自衛隊を代表するアクロバットチーム、ブルーインパルスをテーマとしたノンフィクションです。

私も航空ショーなどでブルーインパルスのアクロバット飛行を何度か見ていますが、そのスピードと正確無比な操縦技術に驚かされると同時に、子どもの頃に見たヒーロー番組への憧れと似たような感情を抱かずにはいられません。

選ばれた精鋭パイロットたちのみに許された舞台であり、自衛隊の中でもっとも華やかな存在という印象を持っている人も多いのではないでしょうか。

本書はそんなブルーインパルス設立の歴史から、その光と影の両面を見つめて書かれています。

著者の武田輝政氏は、航空機雑誌の編集長を務めていた経歴があります。

それだけに豊富な経験と知識があり、旧知の自衛隊パイロットも多く、そして何よりも情熱を持って取材に取り組んでいる姿勢が本書から伝わってきます。

1964年10月10日東京オリンピックの開会式
雲1つない国立競技場の上空で5機のF-86が五輪をスモークで描いた瞬間は、発足して間もないブルーインパルスが日本のみならず世界に向けて知られるようになった晴れ舞台となりました。

その華やかさの裏には、その難易度の高さゆえにリハーサルでは1度も五輪を綺麗に描けたことがなく、ぶっつけ本番ではじめて成功したというエピソードがあったりします。

ブルーインパルス活躍の影で、その何倍もの辛く苦しい歴史が存在していることにも触れています。

その最たる例が墜落事故です。

ブルーインパルスは発足から現在に至るまで、5回の墜落事故と8名の殉職者を出しています。

その事故原因の究明、そして自責の念に駆られながら生き残ったパイロットへのインタビューが詳細に掲載されています。

戦闘機はそのスピードとパワーゆえに、ひとたび事故になった時の衝撃は凄まじく、犠牲になったパイロットの五体が砕け散るような悲惨な結果を招くこともあります。

殉職したパイロットのみならず、残された妻や子どもたちの心情を考えると気の毒ですが、一方で仲間の事故を目の当たりにしながらもパイロットを続けてゆく隊員がいるのも事実です。

そもそも戦闘機は、適機を撃墜することを目的としたマシンであり、戦闘機乗りにとっては戦いで敵に勝つことこそが何よりの任務であり名誉でもあるのです。

一方でブルーインパルスは、飛ぶこと自体が手段ではなく目的の部隊であり、戦闘機パイロットとしての誇りを捨てて、曲芸パイロットに格下げとなるといった彼らにしか分からない心の葛藤が存在することも本書ではじめて知ったことです。

分り易く言えば、日本を攻撃する敵戦闘機が迫ってきても、決してブルーインパルスにスクランブル(緊急発進)がかかることは無いのです。

ひょっとするとブルーインパルスの歴史を知らない方が、航空ショーなどで彼らの飛行を無邪気に楽しめるのかも知れません。

しかし彼らはショーマンではなく、自衛隊のパイロットの一員であり、その歴史を知ることは意義があると思える1冊です。