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自省録

自省録 (岩波文庫)

マルクス・アウレリウス・アントニヌス

広大な領土を統治したローマ帝国の皇帝として、後世からは五賢帝の1人に数えられています。

当時から完全に政治や軍事機構が整備されていたローマ帝国でしたが、それゆえ皇帝が最終的な判断や決裁を行うことも多く、まるで大企業の社長のように忙しい立場でした。

もちろん皇帝としての権力を持ってすれば部下にすべてを任せ、自身は政務から離れて贅沢な生活を送ることも可能だったでしょうが、少なくともマルクス・アウレリウスは自らの責務を忠実に果たそうとしました。

ただしマルクス・アウレリウス自身は、ストア派のギリシア哲学に大きな影響を受け、本心は皇帝よりも学者として一生を送りたい願望を密かに抱いている内面的で繊細な精神の持ち主でもありました。

そんなマルクス・アウレリウスの著書として有名な「自省録」ですが、原題は「自分自身に」ということから分かる通り、元来はひとに読んでもらうためでなく、自分自身への戒めや感慨などを綴った手記として記録されたものです。

そんな自省録の和訳として1956年に岩波文庫から出版され、多くの重版を重ねている神谷恵美子氏による本書「自省録」は日本でもっともスタンダードな1冊です。


ローマ帝国という広大で強力な組織を統べる立場としての重責はとてつもなく重いものでしたが、彼が個人としてどのように考えを持ち、また反省しながらどんな理想を目指そうとしたのかが、よく分かる本です。

引用しやすい箇所を少し紹介してみます。

何かするときいやいやながらするな、利己的な気持からするな、無思慮にするな、心にさからってするな。君の教えを美辞麗句で飾り立てるな。余計な言葉やおこないをつつしめ。なお君のうちなる神をして男らしい人間、先輩の人間、市民であり、ローマ人であり、統治者でもある人間の主たらしめよ。(第3巻 5章)

ローマ帝国としての絶大な権力を乱用することを戒め、常に熱心でありながらも謙虚であり続けようとした心境がよく表れています。同様の記述は何度も本書の中に登場します。

もっともよい復讐の方法は自分まで同じような行為をしないことだ。(第6巻6章)

人の誤りを出来る限り許そうと務めた心優しい皇帝であると同時に周りの空気に流されず、自らの良心や理性によって慎重に物事を判断する哲学を持っていました。

昔さんかに讃めたたえられた人びとで、どれだけ多くの人がすでに忘却に陥ってしまったことであろう。そしてこの人びとを讃めたたえた人びともどれだけ多く去ってしまったことであろう。(第7巻6章)

後世からも讃えられるような存在からも無縁でいたいという、名誉欲さえも彼は自分の中から追いだそうと努めていました。
これはそのまま本書に幾度となく登場する彼の死生観に繋がっています。

どんな立場であれ、この本を読む読者が何らかの責任を果たさなければならない立場であり、またその重責や煩わしさに苦悩しているのなら、本書は多くの示唆と勇気を与えてくれます。

2千年近くが経過している現代においても、当時のローマ帝国皇帝ほどの責任を背負っている人は殆ど居ないはずなのですから。