レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)

ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下) (新潮文庫)

「ローマ人の物語」では、全8年にも及ぶガリア戦役を詳細に追ってゆきます。

本書では1年ごとのカエサル軍の進路を地図上で示してくれるため、読者が戦役の遷移をイメージし易いように配慮されています。

本作品全体にも言えることですが、図解によって読者の理解を助けてくれる点は大変優れている点です。

カエサル軍の戦闘の模様や進路、そして戦略に至るまでを詳細に紹介できるのは、何と言ってもカエサル自身が執筆した「ガリア戦記」が役に立っています。

キケロをはじめとした当時の知識人、そして近代の評論家に至るまで、「ガリア戦記」の簡潔で要点をまとめた装飾のない文章を絶賛しています。

「ガリア戦記」は本国(ローマ)の元老院への現地報告書として、また当時のローマ市民たちの間でもベストセラーとなったようで、遠く離れたガリアの地で活躍するカエサルの宣伝としても役に立ったのです。

「ガリア戦記」は現代でも岩波文庫などで手軽に入手することが出来るため、いつか本ブログで紹介したいと思います。

ところでカエサルの指導するガリア戦役は、5年目まで破竹の快進撃を見せますが、6年目にして変化が訪れます。

まずオリエントのパルティア王国へ攻め入ったクラッススが戦死するという事態が発生し、三頭政治の一角が崩れます。

これを機会に主導権を奪われて久しい元老院が、ポンペイウスをカエサルから離反させ自陣へ引きこもうという動きが活発になります。

またガリア戦役の7年目にして、今までカエサルが平定した地域においてガリア人たちが一斉蜂起するのです。

この一斉蜂起は部族間で共闘することの苦手なガリア人をはじめて1つにまとめることに成功したウェルティンジェトリクスが中心になっています。

つまりガリア人の中で唯一カエサルに対抗できるリーダーが登場し、この蜂起の鎮圧に失敗すると6年間に渡るガリア平定が"無に帰す"どころか、彼の政治生命さえ失われてしまう危機を迎えるのです。

ガリア人との決戦の地となったアレシア攻防戦では、5万のカエサル(ローマ)軍に対し、35万ものガリア兵が対峙することになるのです。

やはりリーダーとしての真価を問われるのは順風満帆に事が進んでいる時ではなく、絶体絶命の危機の時ではないでしょうか。

そしてローマ史最大の英雄であるカエサルは、圧倒的に逆境に強いリーダだったのです。

ガリア戦役でも、その後のローマの内戦でも敵より少ない軍勢で戦う機会の多かったカエサルでしたが、限られた条件の中で優先順位を見失わない冷静さと知性、そして迷いのない決断力と大胆な行動力をカエサルは備えていました。

つまりピンチの時でも配下の兵士たちの目には、"つねに揺るぎない絶対の自信を持った最高指揮官"と写っていたに違いなく、いつも最後にはカエサル軍が勝利し続けてきたのです。

それは決して若さから来る勇猛や、一か八かの賭けとは明らかに違うものです。

8年間におよぶ戦役でガリアを平定して自らの地盤を築き上げたカエサルは、もう1人の実力者であるポンペイウス、そして何よりも彼の後ろにいる元老院との和解が成立しないと判断した時から、ローマを二分する内乱を戦う決意を固めます。

それがかの有名なルビコン川のエピソードとなり、43巻にもおよぶ「ローマ人の物語」のクライマックスの1つとなるのです。

ルビコン川の岸に立ったカエサルは、それをすぐには渡ろうとしなかった。しばらくの間、無言で川岸に立ちつくしていた。従う第十三軍団の兵士たちも、無言で彼らの最高司令官の背を見つめる。
ようやく振り返ったカエサルは、近くに控える幕僚たちに言った。
「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ、わが破滅」
そしてすぐ、自分を見つめる兵士たちに向い、迷いを振り切るかのように大声で叫んだ。
「進もう、神々の待つところへ、われわれを侮辱した敵の待つところへ、賽は投げられた!」
兵士たちも、いっせいの雄叫びで応じた。そして、先頭で馬を駆るカエサルにつづいて、一団となってルビコンを渡った。紀元前四十九年一月十二日、カエサル、五十歳と六ヶ月の朝であった。