ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上)
これまでユリウス・カエサルの幼年期からガリア戦役までを紹介してきましたが、いよいよ本巻から共和政ローマを敵に回しての内乱が始まります。
今までのカエサルの戦争相手は外敵であったガリア人やゲルマン人でしたが、今回は内乱ゆえに同胞のローマ人同士が剣を交えることになるのです。
それは機動力に優れた騎馬隊で相手を包囲し主力の重装歩兵で敵を粉砕するが定石であったローマ軍の戦法、そして装備や規律に至るまでもまったく同じ兵士たちが敵味方に分かれて戦い、同時に肉親が敵味方に分かれて戦場で対峙するということを意味していました。
しかも総司令官はガリア戦役で武功を挙げたカエサル、一方はオリエント平定や海賊殲滅作戦で英雄としての名声を得ているポンペイウスという当代きっての名将同士が激突するのです。
序盤はガリアにしか地盤を持たないカエサルが少数精鋭で電光石火の進撃を見せ、最小限の労力でイタリア本国を集中に収めます。
ポンペイウスは主要な元老議員たちとイタリアを引き払いますが、それでも地中海沿岸地域に地盤を持つポンペイウスは兵力でも経済力でもカエサルを圧倒していました。
一方カエサルにとって優位な点は、直前までガリア戦役に参加していた熟練の兵士と百人隊長に代表される"質"にありました。
量によって包囲を狙うポンペイウス、質によって各個撃破を狙うカエサルの戦いは壮大な戦略によって繰り広げられ、読者は2人の戦いの行方に目が離せない歴史小説の醍醐味を味わうことができます。
最終的にギリシアで行われたファルサルスの会戦で雌雄を決することになる2人の戦いですが、この会戦の勝利者には、アレクサンダー大王が勝利したイッソスの戦い、ハンニバルが勝利したカンネの会戦、スキピオが勝利したザマの会戦に連なる古代の英雄たちと肩を並べられる栄誉が待っているのです。
カエサルやポンペイウスの意図や戦術については本書で丁寧に言及されているため割愛しますが、個人的に感心したのは、戦略や戦術以前にカエサルがこの内乱で一貫して発揮した寛容(クレメンティア)に代表されるその方針です。
マリウスやスッラは粛清によって反対派を徹底的に根絶やしにする手段を選びましたが、カエサルは正反対のことをしたのです。
カエサルは友人のキケロへの手紙に次のように書いています。
わたしが自由にした人々が再び剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあって当然と思っている
たとえばカエサルは、自らの右腕ともいえるラビニエスがポンペイウスへ帰順することさえ無条件に許しています。
戦況の不利、有利に関わらず一貫して寛容な精神を発揮したカエサルは、寛容の神として神格化されるまでに徹底したものだったのです。