ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3)
若き皇帝として圧倒的な支持の元に即位したカリグラですが、財政とは呼べない放漫な消費グセ、自己中心的な政策により市民や元老院たちの支持を急速に失い、わずか4年足らずで暗殺されるという結果に終わります。
この非常事態の中で思わぬ形で次期皇帝の座が巡ってきたのが、4代目の皇帝となるクラウディウスです。
初代皇帝アウグストゥスが自らの血統を伝承することを何よりも重んじてきた伝統が、クラウディウスを皇帝に即位させたと言えます。
クラウディウスはカリグラの叔父であり、皇帝就任時には50歳に達していました。
皇帝に就任するまでは体に不自由があることもあり、世間の脚光を浴びることもなく歴史研究家として活動してきた人物です。
皮肉なことにクラウディウスが皇帝として最初に着手したのは甥のカリグラによって破綻しかけていた財政再建、そしてほころびが出てしまった外政の立て直しです。
クラウディウスの長所は何と言っても歴史研究家として古今の偉大な人物の業績に精通していたことです。
それに加えて研究家としての性格からか、真面目で誠実な性格だったことも挙げられます。
これは皇帝としての責務をまっとうながらも、人気取りだけを目的とした政策や自らの蓄財には無関心という姿勢になって現れます。
現代の政治家であれば普通ですが、皇帝としての膨大な業務を効率的に処理するための秘書を設置したのもクラウディウスが初めてでした。
ただしこの制度は秘書たちが解放奴隷(文字通り元奴隷)という身分であり、貴族である元老議員でさえも彼らに頭を下げざるを得ない状況に陥ったこと、また秘書官たちがクラウディウスの目を盗んで私腹を肥やすことに熱心であり、虎の威を借る狐のように権威を振りかざしたことから随分と不評だったようです。
これもやはり研究家として人生の大半を過ごしてきたクラウディウスが、自らの職務には熱心でも、自分以外の人間へ対しては無関心だったという、彼の性格がマイナス方面に作用した結果でもありました。
そのマイナス面は家族へ対しても同様であり、三番目の妻メッサリーナの自由奔放な言動はクラウディウスの評判を落とし、四番目の妻アグリッピーナは自らの息子を次期皇帝に就けるために手段を選ばない女性でした。
結局このアグリッピーナがクラウディウスにとって致命的な存在となり、彼女の仕込んだ毒キノコによって暗殺されるという結末に終わるのです。
クラウディウスにとって気の毒なのは、妻の尻に敷かれ挙句の果てに殺されてしまうという結果が人々からの同情とはならず、軽蔑という結果で終わることです。
公私ともに皇帝としての権威を振りかざすことを嫌ったクラウディウスでしたが、それが逆に人々への威厳さえも失わせてしまったという例であり、この辺りにトップに立つ人間の難しさを感じずにはいられず、現代のリーダーたちも学ぶべき点があるように思えます。
それでも自らの責務に忠実であったクラウディウスは財政再建、外交修復を成し遂げ、ローマ帝国中を張り巡らす郵便制度の確立、クラウディウス港の建設をはじめとした公共事業を成功させ、ローマ帝国は相変わらず平和と繁栄を謳歌し続けたのです。