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ローマ人の物語〈28〉すべての道はローマに通ず〈下〉

ローマ人の物語〈28〉すべての道はローマに通ず〈下〉 (新潮文庫)

ローマ人のインフラを解説する「すべての道はローマに通ず」の上巻では、街道や水道をはじめとしたハード面でのインフラを取り上げましたが、下巻ではソフト面のインフラに言及しています。

街道や水道をはじめとした建造物であれば遺跡として後世にも伝わりますが、ソフト面のインフラは制度そのものであるためなかなか伝わりにくいものです。

その中でも本巻では、医療教育に分野を絞って紹介しています。

この2つに共通するのは、ユリウス・カエサルが定めた「医療と教育にたずさわる者ならば誰にでもローマ市民権を与える」という法律の対象となっていることです。

まずカエサル登場以前の医療は"家庭内医療"と"神頼み"を中心としたものでした。

しかしカエサルがガリア遠征を行うにあたり、はじめて負傷した兵士たちのために医療団と軍病院を制度化したと言われ、この軍病院は一般人にも開放されていたと考えられています。

しかしそれ以降も首都ローマをはじめとした軍基地以外の都市に公的な大病院は存在せず、ローマ市民権を得た医師たちが私的に小規模な医院を開業している程度でした。

それは「ローマ市民権を得られる」イコール「直接税が免除される」といった経済的なメリットがあり、そのため医師のなり手が多く、適切な市場競争を促進していた背景があると解説しています。

それに加えて著者は、キリスト教公認以前の古代ローマ人の思想、つまり死生観にも起因していたと主張しています。
ローマ皇帝たちには誰一人、支那の皇帝のように不老不死の方策を求めて狂奔した者はいなかったという事実だ。それどころか、死期の迫った皇帝の延命を願って、犠牲式を挙げて祈願するよう神殿という神殿に中央政府からの布告が発せられたという史実もない。
~省略~
若くて元気な者たちの戦闘での傷や病に対しては徹底して医療を施すが、そのような不運に襲われなくても寿命がつきたのならば従容と天に昇ってゆくのが、死すべき身の人間の生き方である、と。

多くの先進国において医療が財政を圧迫し、また行き過ぎた延命治療が問題視されている現代において、こうした古代ローマ人の死生観に賛同する人も多いのではないでしょうか。


続いて教育についても、やはり医療と同じくローマには公立学校は存在せず、私塾がその役割を担っていました。

ギリシア文化に憧れを持っていたローマ人だけに、おもにギリシア人がこの分野を担っていましたが、やはり教育の分野でも自由競争が適切に促進され、授業料が低く抑えられていたために初等教育が相当程度に普及していたと考えれています。

2000年以上も前にローマ帝国内で実施されてきた医療、教育の仕組みは、国の政策や財源によって社会保険義務教育といった制度が提供されなければいけないといった現代では当然だと考えられている常識をもう1度見つめ直すほどの可能性を秘めているのかも知れません。