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勝海舟―私に帰せず〈下〉

勝海舟―私に帰せず〈下〉 (幻冬舎文庫)

勝海舟は維新後も長く存命だったこと、また当時の日記や談話が多く残っていることから、彼の業績を辿ることはそれほど難しくありません。

それだけに本書(文庫本)、上下巻合わせて900ページにも及ぶ作品を読んでゆくと逆に勝海舟の本質が見えにくくなってしまうのも事実です。

江戸無血開城が最大の功績とされていますが、どの場面も津本陽氏らしい淡々とした描写によって進行してゆくため、場面ごとの強弱が分かり難くなってしまっていることも否めません。

逆に言えば、勝海舟の人生から何を感じ取るのかは読者自身に委ねられているともいえます。

勝海舟の半生を読み終えて感じることは、西郷隆盛との共通点が多いということです。

お互い下級武士の家に生まれながらも頭角を表した人物ですが、勝は西郷を薩長土肥の指導者の中で一番高く買い、西郷も勝を幕臣の中でもっとも傑出した人物であると手放しで賞賛しています。

また立場は違えども、薩摩藩主島津斉彬を希代の名君と評価している点も一緒であり、人物を見抜く観点が似ているのか、もしくは単純に馬が合う同士なのかも知れません。

さらに両者ともに維新後の新政府に請われながらも要職に長く留まらず、勝は幕府の旧臣、西郷は鹿児島の士族というかつての同士たちの面倒を見ることに奔走しています。

にも関わらず勝は徳川慶喜、西郷は斉彬の後を継いだ島津久光という自分の主君筋とは意見が合わず、快く思われていなかった点まで共通しているから面白いものです。

ただし勝はいかにも江戸っ子といった感じの歯切れのよさが談話からも伝わってくる一方、西郷は薩摩隼人らしい冷静沈着というイメージがあり、性格はまったく違うのかも知れません。
さらにお互いの立場が異なっている以上、戦略や政略面における考え方の違いは当然のように存在しました。

しかし戊辰戦争におけるギリギリの局面、しかも幕府陸軍総裁(陸軍の最高司令官)と東征大総督府参謀(実質的な官軍司令官)という対極に位置する者同士が、田町の薩摩藩邸で江戸総攻撃中止の合意に至ったという点は、理屈以前にやはり両者の本質的な共通点が大きく寄与していたように思えてなりません。