阿部一族―他二編
3編の森鴎外作品を収録した岩波文庫です。
- 興津弥五右衛門の遺書
- 阿部一族
- 佐橋甚五郎
収録されている作品は、1912年から1913年にかけて発表された歴史小説です。
森鴎外は作家としての後期から晩年にかけて歴史小説を中心に発表しており、初期に西洋文学や芸術の色濃い影響を受けた作品が多かったことを考えると、その作風が大きく変化したと言えます。
伝統ある岩波文庫から発売されていることもあり、巻末で解説を(おそらく監修も)担当しているのは斎藤茂吉という豪華さです。
昭和13年に書かれた解説ですが、収録されている作品の醍醐味や時代背景が整理され分かり易く説明されています。
はじめの2編は殉死(追腹)をテーマにしており、作品が発表されたタイミングから鴎外が明治天皇の崩御と乃木希典の殉死に影響を受けて書き上げたことが明白です。
またそうした時代的背景をまったく意識せずとも、本書に収められている作品はどれも抜群の面白さです。
決して大きな歴史上の事件を扱った作品ではありませんが、武士たちが生きる社会、意地とそれらをひっくるめた死生観がどのように追腹(殉死)を習慣化していったのかを鋭く指摘した作品です。
追腹は主君が亡くなり、あまりの悲しみと喪失感による絶望、そして武士特有の行動力が組み合わさったものだと思い込んでいましたが、実際には家名(名誉と財産)を残すため、そうせざるを得ない状況に追い込まれた武士も多くいたようです。
茂吉は言及していませんが、軍医総監(中将相当)にまで昇り詰めた鴎外が、本作品を通じて乃木大将の殉死を賞賛するどころか、皮肉ったという見方まで出来てしまいます。
さらにはこの作品が発表されて30年以上のちに起きてしまう大戦における特攻、つまり若者たちの殉死が悲劇として起こりますが、もし鴎外が生きていたらどう考えたのかを想像してしまうのです。