等伯 上
「バサラ将軍」に続き安部龍太郎氏の作品となりますが、本書もやはりタイトルに惹かれて手に取った1冊です。
内容はタイトルから推測できる通り、狩野永徳と並び安土桃山時代を代表する絵師であった長谷川等伯を主人公にした長編歴史小説です。
武将や剣豪でなくとも千利休に代表される茶人、または商人や学者を主人公にした歴史小説は数多く出版されていますが、絵師を主人公にした歴史小説は読んだことがありません。
等伯(信春)は能登国の七尾城に拠点を持っていた畠山氏に仕える奥村家の四男(末っ子)として生まれましたが、長谷川家の養子となり、そこで絵仏師としての修行に打ち込むことになります。
かつて越中守護として力を奮った畠山氏も戦国時代の下克上には逆らえず、重臣であった七人衆に権力を握られ七尾を追い出される形で没落してゆきました。
とくに七尾は一向一揆の勢力が強かったこともあり政治的に安定せず、その後も上杉謙信、織田信長、柴田勝家、前田利家と次々と支配者が変わってゆくことになります。
本来であれば養子となった等伯が主家(畠山家)へ尽くす義理はありませんが、武家の出自という宿命から逃れることはできず自身や家族にまで危険が及ぶようになります。
それと同時に早くも20代で越中や能登近辺で名の知れた絵師となった等伯ですが、その心中には文化の中心である都に上り、天下一の絵師になるという野心を抱いていたのです。
時は戦国。
京都を中心とした地域は、戦国の風雲児と名を馳せつつある織田信長が七面六臂の活躍をしていましたが、同時に戦争も絶えない状況でした。
それでも自らの野望を叶えるため戦乱の真っ只中に足を踏み入れる等伯でしたが、彼が天下一の絵師となるためには対決を避けれない人物がいました。
それは当時すでに一大流派を築き上げ、多くの弟子たちの頂点に君臨する狩野派の棟梁、つまり狩野永徳であり、弟子すら持たず裸一貫で京へ辿り着いた等伯にとってあまりにも巨大な敵でした。
絵師としての一世一代の戦いが幕を切って落とされます。