本と戯れる日々


レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

ダーク・ソード〈4〉光と闇の都市

ダーク・ソード〈4〉光と闇の都市 (富士見文庫―富士見ドラゴン・ノベルズ)

引き続き、なるべくネタばらしを避けつつレビューを続けてゆきたいと思います。

主人公のジョーラムは魔力を全く持たない<死者>として生まれ、育ての母が世間の目を隠すように育ててきましたが、やがて母の死と同時に彼の正体が知られることになります。


本来であれば死を免れないジョーラムでしたが、世間から密かに隠れて暮らしている<死の神秘>を伝える<車輪の一族>の村に命からがら逃げ込みます。


<死の神秘>とは魔法が生命そのものであり、魔力を持たないものを<死>と定義する世界において一切魔力を使わず、テクノロジーによって物体を加工する神秘であり、"科学"と定義することができます。この神秘は過去に大きな災いをもたらしたことから禁忌とされています。

ジョーラムはそこでダークストーンに出会い、自らの手でダークソードを鍛えて創り出します。

このダークソードはあらゆる魔力を吸収する力を持っており、どんな強力な魔力もあっという間に無力化してしまうものです。

もっとも優れた魔法戦士(カーン・ドゥーク)ですら例外ではなく、むしろ強力な魔力を持つ者ほどダークソードは脅威になります。

いわば魔法がすべての作用を司る世界において、ダークソードは最も強力な反作用であり、この剣を手にしたジョーラムは"世界共通の敵"となり得る存在です。

しかし、やがてジョーラムの悲しい生い立ちのすべてを知ることになる触媒師の"サリオン"、ジョーラムの幼馴染の"モシア"、そして正体不明のトリックスターの"シムキン"が彼らと行動を共にすることになります。

果たして禁断のダークソードを手にしたジョーラムがこの世界で何を成し遂げるのか?

ジョーラムの正体を知り、ダークソードを追いかける世界の権力者たちの追跡がジョーラムたち一行を追跡します。

以上が物語の大筋ですが、決して一方が""で一方が""という単純な構図ではありません。

いわば世界の秩序を保とうとする体制側と、(本人に自覚があるかないかは別として)その秩序を破壊しかねない力を手に入れたジョーラムが、この世界における生存権を賭けた戦いの物語であるともいえます。

ダーク・ソード〈3〉暗黒の王子

ダーク・ソード〈3〉暗黒の王子 (富士見文庫―富士見ドラゴンノベルズ)

魔法が全てを支配する世界(シムハラハン)では、数百年に渡って魔法を基にした秩序が確立しており、その精密さは我々が暮らす現代社会と遜色ありません。

しかし一方では制度が形骸化し、貧しい暮らしを余儀なくされている階級の人間たちほど不満を募らせつつあります。

そんな息苦しい世の中で何者にも束縛されず、気ままに好き勝手に暮らす人物が登場します。

それは"シムキン"という名の若者であり、多くの人々と交流があるにも関わらず、その真の正体は誰も知りません。

シムキンは本作における"トリックスター"であり、様々な場面で遭遇する行き詰まり・停滞、(時には)ピンチを打開するジョーカー(道化師)として登場します。

"シムキン"は魔法の世界においてさえ特別な能力を持っていますが、その掴みどころの無さから時には敵か味方さえも分からない行動を取ります。

神話にも登場するトリックスターはファンタジー小説においても相性が良く、頻繁に用いられる手法ですが、それだけに物語全体のバランスや整合性を保つのが難しく、作者の力量が試されるところでもあります。

本作に登場するトリックスター"シムキン"は相当に癖のあるキャラクターであり、彼が秩序で固められた世界にどのような影響を及ぼすのか?

彼が登場する場面から目が離せません。

ダーク・ソード〈2〉暗黒の剣の誕生

ダーク・ソード〈2〉暗黒の剣の誕生 (富士見文庫―富士見ドラゴンノベルズ)

前回紹介した通り、本作品の舞台(シムハラハン)は、魔法がすべてを支配する世界設定がされています。

「魔法使い」=「黒い帽子とローブを着た人」のような想像をしていますが、この世界に生まれる人間は、誰しも何らかの魔法的な特性を持っています。例えば田舎に住んでいる農夫すらも何らかの魔法の力を兼ね備えています(ただ1人主人公のジョーラムを除けば。。。)。

著者は魔法に特性を付与することで、画一的になりかねない世界設定をバラエティに富んだものにしています。本作シムハラハンの世界には9種の神秘が存在し、すなわちこの9つが特性として存在します。

簡単に本書に登場する9種の神秘を紹介したいと思いますが、9つのうち実際には過去に起こった忌まわしい<鉄の戦争>によって2つの神秘が失われており、1つの神秘は禁制となっています。


  1. 時間の神秘
  2. 未来を予言する能力。過去に失われた。

  3. 霊の神秘
  4. 死者と会話する能力。過去に失われた。

  5. 空気の神秘
  6. シムハラハン各地に存在する魔法的な<通廊>(瞬間移動できる通路)を保守するカン・ハナールと、都市の空気や(農業のために)天候を管理するシフ・ハナールのいずれかになる。

  7. 火の神秘
  8. 戦いに特化した魔法を身に付け戦士となる宿命を持つ。最も優れたエリートたちはカーン・ドゥークと呼ばれ特殊な任務に付くことになる。

  9. 大地の神秘
  10. 最も一般的な神秘であり農耕民が大部分である。そのうえに職人階級がおり様々な分野に分かれる。もっとも優れた者はアルバナーラとして人民を統治する立場になる。

  11. 水の神秘
  12. 精霊術師(ドルイド)となり、動植物の成長と繁殖に携わる。もっとも尊敬を受ける精霊術師は治療師(ヒーラー)として、人間を癒す術を身につける。

  13. 影の神秘
  14. 幻術師(イリュージョニスト)として芸術家として活躍する。

  15. 生命の神秘
  16. 最も生まれる数が少ない神秘。自身の行使できる魔力は少ないが、触媒師として魔力の仲介役を務める。 体内に魔力を蓄え増幅させ、その魔力<生命>を魔法使いたちに転送することで行使することができる。 つまり強力な魔法使いも触媒師なしでは行使することが出来ず、最も重宝される存在ともいえる。 多くがシムハラハンにおける唯一神(アルミン神)に仕える聖職者となる。

  17. 死の神秘
  18. 完全に失われてはいないが、シムハラハンにおいては禁制となっている神秘。この神秘が過去に<鉄の戦争>を引き起こした元凶だと考えられており、妖術師(ソーサラー)として処刑(黄泉の国へ送られる)され途絶えてしまった神秘であり、唯一<生命>とは無縁である。 またの名をテクノロジーという。


これだけの種類があると読者が混乱しそうですが、本作は長編小説であるためストーリーの中で自然に覚えることができます。

ワイス&ヒックマンの綿密な世界設定が存分に発揮された作品であり、読者を夢中にさせてくれること間違いありません。

ダーク・ソード〈1〉暗き予言の始まり

ダーク・ソード〈1〉暗き予言の始まり (富士見文庫―富士見ドラゴンノベルズ)
マーガレット ワイス トレイシー ヒックマン 鎌田 三平

『熱砂の大陸』に引き続き、ワイス&ヒックマンによる長編ファンタジー小説です。
(ちなみに本作『ダークソード』は、『熱砂の大陸』より以前に発表された作品です。)

物語は魔法がすべてを支配するシムハラハンという世界で繰り広げられます。

舞台は中世ヨーロッパをモチーフとしており、ファンタジー小説でもっとも馴染みの深いものですが、多くのファンタジー小説にとって魔法はある程度"特別な存在"であるのに対し、本作品における魔法は、"生命"そのものであり、空中飛行や空間瞬間移動、物質の生成といった魔法さえも一般的なものとして登場します。

つまりシムハラハンにとって"魔法こそが唯一の力"であり、この世界に生を受けた人間であれば、魔法に精通した生命体として存在します。逆に魔力を持たない人間は即ち"死者"と同義であり、存在するこすら許されていません。

その世界において魔力を持たない主人公"ジョーラム"が誕生するところから物語が始まり、彼は<死者>として闇に葬られる運命にありました。。。

"魔法"というファンタジーに欠かかせない要素を全面に押し出し、大胆な世界設定で挑む意欲的な作品です。

熱砂の大陸〈巻6〉使徒の薔薇

熱砂の大陸〈巻6〉使徒の薔薇 (富士見文庫―富士見ドラゴンノベルズ)

長編「熱砂の大陸」もいよいよ最終巻です。

ビジネス書や歴史小説等とは違い、ファンタジー小説はストーリーそのものを純粋に楽しむことが王道であり、極力ネタバレを避けるため、なるべく世界設定などを中心に紹介するに留めたいと思います。

ファンタジー小説は一般的に少年層へ向けたものが一般的ですが、著者のマーガレット・ワイス、そしてトレイシー・ヒックマンの描く作品は大人向けに書かれています。

主人公たちが背負う多くの責任、そして身近に死を連想させる危機、そして時には男女の関係含めた苦難を抱えながら成長する姿は、幻想と現実の世界の境目を超えた"生きることの困難、そして喜び"の縮図であるといえます。

そしてその実感は、人生経験を積みつつある"大人"になってこそより強くなってゆき、作品に共感できる部分が多くなってゆく気がします。

私自身は2人の作品を思春期時代に読んでいますが、当時は何となく暗い物語だという印象がありました。しかし時が経ち成人して社会人となってから読み返してみると、まったく違った感想を抱くことに気付きます。

残念なのは本シリーズが絶版だということですが、間違いなくファンタジー小説の名作として位置づけられるものであり、今でも中古本として入手するのはそれほど困難ではないこと、そして今後ますます電子書籍が普及する中で是非もう一度スポットが当たって欲しいと思わずにはいられないシリーズです。