南極風
前回の「未踏峰」引き続き、笹本稜平氏の小説です。
物語の冒頭は以下のような文で始まります。
ニュージーランド南島の西岸を貫くサザンアルプス -。ニュージーランドでトレッキングが盛んなのは知っていましたが、本格的な氷河があることまでは知りませんでした。
最高峰のマウント・クックをはじめとする三〇〇〇メートル級の高峰と無数の氷河を擁するこの山脈には、登山の対象となる山が数多い。ここマウント・アスパイアリングもそんな山の一つで、標高は三〇三十三メートル。広大な氷河を内懐に抱き、鋭く天を衝く頂きは南半球のマッターホルンの異名を持つ。
本書はそんなアスパイアリングを目玉にした日本人向け山岳ツアー会社「アスパイアリング・ツアーズ」で起きた山岳事故をきっかけにして起きるミステリー小説です。
どんなに知識や経験そして技術を持ってしても自然が相手である以上、山岳事故をゼロにすることは不可能なのかも知れません。
仮に吹雪によって遭難の危機を迎えた時、ビバークするのか下山するのか、また下山するのならどのルートを選ぶのか?
こうした判断の1つ1つが生死を分ける厳しい世界です。
本書はこうしたテーマを取り上げてミステリー小説化したユニークな作品です。
「アスパイアリング・ツアーズ」でツアー責任者の立場にあった森尾正樹は、ツアー中に起こった事故を巡って突如刑事責任を追求されることになります。
森尾にとって自分を告発した人間が謎であるにも関わらず検察が起訴するといった事態に陥り、見に覚えのないまま拘置所に抑留されることになります。
そこには検察当局(国家権力)との闘いも大きな1つのテーマとして含まれています。
何ら政治的な背景を持たない1人の人間が国家権力を相手にしなくてはならない。
森尾は、そんな自らの正義を貫き通す困難な道を選ぶのです。。
登山の描写は本格的な山岳小説そのものであり、実際の山岳事故を取り上げているかのようなリアリティと迫力があります。
現在と過去の回想場面が頻繁に入れ替わる手法で書かれていますが、ストーリー自体がそれほど複雑ではないため、むしろリズムの良さを感じます。
いろんな要素を楽しめる贅沢な小説であり、お勧めできる1冊です。