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「黄金のバンタム」を破った男

「黄金のバンタム」を破った男 (PHP文芸文庫)

人気作家である百田尚樹氏が手がけたノンフィクション。

昭和30年代から40年代にかけて活躍した日本人ボクサー・ファイティング原田の軌跡を描いています。

はじめに本書でも繰り返し触れられている、当時(昭和三十年代)のボクシングの世界チャンピオンの価値について本書から引用します。

昔の世界チャンピオンと現代の世界チャンピオンの価値は等価ではない。
当時、世界チャンピオンは八階級に八人しかいなかった。世界でたったの八人である。
現代は十七階級、しかも複数の団体がそれぞれチャンピオンを認定していて、主要四団体だけでも七十人前後のチャンピオンがいる。
~(中略)~
つまり昭和三十年代の世界チャンピオンの価値は現在の八倍以上の価値がある。
乱暴な言い方を敢えてするが、昭和三十年代の世界ランク七位以内のボクサーなら、今なら全員世界チャンピオンになれるということだ。逆に言えば、現在の世界チャンピオンの八人のうち七人は当時なら世界ランカーどまりということになる。

これを知ると、2階級の世界チャンピオンに上り詰めたファイティング原田の功績がいかに大きいものだったかが分かります。

日本人として初めて世界チャンピオンの栄冠を手にしたのは、伝説のボクサー"白井義男"でしたが、彼の引退後、長らく日本人ボクサーが世界チャンピオンになることはありませんでした。

当時のボクシングは野球、相撲と並んで、もっとも人気のあるスポーツであり、戦後日本の経済成長と共に2人目の世界チャンピオンを待望する声が広まりつつありました。

そうした時代的な背景と共に、ファイティング原田と同世代に活躍したボクサー、日本フライ級の三羽烏海老原博幸青木利勝へもスポットを当てて彼らの残した軌跡についても詳細に触れています。


その後、数多くの世界チャンピオンの日本人ボクサーが登場しましたが、その中で原田が特筆に値すべき点は、もちろん2階級制覇もありますが、何よりも伝説のボクサー・"エデル・ジョフレ"に勝利してチャンピオンに輝いた功績が大きいといえます。

タイトルにある「黄金のバンダム」とは、バンダム級が他の階級と比べて才能のあるボクサーが揃っていた激戦区だったという意味ではなく、エデル・ジョフレ個人に与えられた称号です。

現在に至るまでもエデルがバンダム級史上最強のボクサーであったとする評価は多く、生涯78戦でわずか2負しか喫していないキャリアを持ち、それはいずれもファイティング原田に喫した敗北でした。

自身も認めていますが、原田よりも才能のあったボクサーは決して珍しくありませんでした。

しかしボクサーとして苦しい減量はもちろんですが、誰にも負けない練習量こそが彼を偉大なチャンピオンへ導いたのです。

そしてそれを支えたのは、原田のボクシングへ対する情熱に他なりません。

原田自身がボクシングを始めるときに誓った、人生のあらゆる楽しみを捨てて10年間をボクシングのみに捧げ、誰よりもストイックにボクシングに打ち込み、そして約束通り10年間でグローブを置いてリングから去る姿は、彼の生き方を凝縮しているといえます。

また忘れてはならないのが、世界チャンピオンに相応しい実力を持ちながらも、リング外の様々な不運により、そのチャンスを与えられなかった数多くのボクサーがいたことです。

これは原田がボクシングを愛したと同様に、ボクシングの神様も原田へ微笑んだのではないでしょうか。

本書の全篇にわたって著者のボクシングへ対する深い愛情が感じられ、このノンフィクション作品を質の高いものにしています。

ボクシングに興味の無い人にも是非読んでほしい作品です。

ちなみに日本のボクシング史を俯瞰して知りたい人は、以前ブログで紹介した「拳に賭けた男たち」をお薦めします。