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死刑執行人サンソン

死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)

安達正勝氏の「物語 フランス革命」が非常に興味深かったので、本棚にあった安達氏の作品を引っ張りだして読んでみることにしました。

この作品は今から約10年前に発売当初に購入して読んだのですが、当時はフランス革命の背景にそれほど詳しくなかったこともあり、タイトルはともかく内容はそれほど印象に残っていませんでした。

発売当時の帯に「ジョジョの奇妙な冒険」の作者である荒木飛呂彦氏の書評が書かれていた記憶があります。

今回改めて本作品を読んでみると奥深く、そして楽しく読むことができました。

読む時期やその時の知識によって同じ本でも抱く感想に違いが出てくるのは、読書の醍醐味の1つといっていいでしょう。

フランス革命の歴史を紐解くと、暴動や戦争によって多くの命が失われましたが、もっとも革命を象徴するのがギロチン刑ではないでしょうか。

王族や貴族といった保守勢力だけではなく、ジャコバン派ジロンド派といった革命勢力内部での権力闘争によって多くの革命家がギロチンにより命を落としました。

そこで死刑執行の責任者であり続けたのが、本作品の主人公・シャルル-アンリ・サンソンでした。

サンソン一族は、フランス国王から代々死刑執行を委任されてきた世襲の死刑執行人であり、この家の当主は家業として死刑執行人を受け継ぐ伝統があったのです。

農家や鍛冶屋、パン屋など多くの家業が当時からありましたが、死刑執行を家業として生きてゆく者の心理は、職業選択自由の現在に生きる我々には想像を絶するものがあります。

日本の江戸時代にも山田浅右衛門(代々当主は同じ名前を名乗っていた)という世襲で死刑執行(斬首)を担っていた家柄がありました。

サンソン家の場合はもう少し多様で、フランスでは斬首、首吊り
火刑から馬による引き裂き刑に至るまで様々な死刑があり、さらには拷問についても家業の範囲に含まれていました。

更にはこうした経験を経て、人体の仕組みに詳しいサンソン家は副業として医者としての顔も持っていました。

フランス革命は「人は生まれながらにして自由かつ平等の権利を有する」にはじまる人権宣言により、死刑についても身分に関わらず同一の方法で執行されるべきとの方針がとられました。

それまでは貴族と平民の間では死刑の方法が異なっていましたが、身分の違いに関わらず、死刑の苦痛がもっとも少ないギロチンが考案、採用されることになりました。

以前であれば死刑執行の手間がかかるため、1日に何人もの死刑を行うのは物理的に不可能でした。

しかしギロチンという手間をかけずに死刑を執行できる装置が発明されてからは、より多くの死刑が執行されるという皮肉な現実が訪れます。

例えば1794年にジャコバン派が失脚したテルミドールのクーデター後の40日間で、約1300人がギロチン刑送りとなったそうです。

もちろんサンソン自身が司法権を持っているわけではなく、裁判所の"死刑"の判決に則って死刑を執行するだけの役割でしたが、革命の政争に巻き込まれた少女へ対してもギロチン刑にせざるを得ない状況で、彼の苦悩がいかに深いものであったかをその回想録から知ることができます。

サンソンは職務に忠実ではありましたが、家族を大切にし、敬虔なキリスト教徒でもあり、困った人へ手を差し伸べるような善良な人間でもありました。

また世間からは、死刑執行人という職業へ対しての軽蔑や差別を常に受け続けていたようです。

革命という激動期に巡り合ってしまったばかりに、シャルル-アンリ・サンソンは歴代サンソン家の中でもっとも多くの人間を処刑するといった皮肉な運命を歩むことになります。

あえてフランス革命の指導者やルイ16世をはじめとした王族や貴族ではなく、死刑執行人という特殊ではありながらも激動の時代に翻弄された1人の人間ドラマは、歴史の奥行きを読者に感じさせてくれる良書であることは間違いありません。