光る壁画
著者の吉村昭氏は、江戸・明治期に活躍した医術家や医師を題材にした歴史小説を多く手掛けていますが、その中で本作は現代医療を題材にした珍しい作品であるといえます。
著者は小説の資料集めのため南アフリカを訪れた際に、そこにあった胃カメラを世界ではじめて開発したのが日本人だということを教えられ、本作品を執筆するきっかけになったといいます。
実際の作品を読んでゆくと、胃カメラの開発は戦後間もない1949年(昭和24年)から開始されたことが分かり、その歴史が案外古いことに驚きました。
東大附属病院の医師・宇治達郎は、胃の中をカメラで撮影することで病気を早期発見できると考え、その開発をオリンパスカメラ(作品中ではオリオンカメラ)社へ依頼するところからストーリーが始まります。
口から入れる胃カメラには高い安全性と患者へ苦痛を与えないことが条件になります。
胃カメラの構想自体は戦前からあったものの、幾つもの障壁があることが分かり、世界中を見渡しても実用化には遠い状態でした。
戦後間もない物資が不足しがちな時代の中で、若い医師と技術者が世界初の製品を作り上げるために奮闘する姿が吉村氏らしく緻密に描かれています。
胃カメラの管の直径に厳しい制限があるのはもちろんのこと、そこには柔軟性や防水性が求められ、さらにカメラの小型化、胃の撮影に特化したレンズの開発、小型で強力なフラッシュの開発など、作品の中では数々の問題を乗り越えながらカメラの開発が続けられています。
ここまでの内容だとドキュメンタリー作品のような雰囲気ですが、著者はここに小説としての要素を大胆に取り入れています。
それは主人公を曾根菊男というカメラ会社の研究員に設定し、彼が単身赴任で胃カメラの開発に従事する一方で、新婚間もない妻との微妙な関係を描いているという点です。
製品の開発が難航する以上、どうしても連日の残業は避けられない状態であり、妻との間に生まれる心理的な距離感の中で仕事と家庭を両立させようとする主人公の苦悩が小説らしく描写されており、こうした要素が作品を重厚なものにしています。
ちなみに世界で初めて胃カメラを製品化したオリンパスは今でも世界シェア7割を誇る圧倒的なトップメーカーであり、何よりも世界中で早期がんなどを発見することで多くの命を救ってきた功績は計り知れないものがあるのです。
日本の渚
日本の原風景という言葉があります。
それはのどかな里山や田畑に囲まれた農村といったような風景ですが、個人的にはその中に海辺の風景といったものが浮かんできません。
それは日本が四方を海に囲まれているにも関わらず、そうした昔の姿を偲ぶような景観が殆ど残されていないのが原因です。
本書は1999年に刊行されていますが、タイトルの副題には"失われてゆく海辺の自然"とあり、多くの海岸が埋め立てられたり護岸工事によって本来の姿を失っていることを表しています。
たとえばかつての江戸湾には遠浅の広大な干潟があり、さらに河口の汽水域には葦が生い茂り豊かな生態系を保っていました。
そこで行われる潮干狩りやアオギスの脚立釣りは江戸の風物詩の1つでしたが、今の東京湾に当時を偲べるような風景はまったく残されていません。
本書では生態学者の加藤真氏が、渚を干潟、藻場、砂浜、サンゴ礁、ヒルギ林(マングローブ林)に分けて、それぞれの原風景をひともときながら、そこでの多用で豊かな生態系機能が解説されています。
とくに著者の専門である生態系については、海辺の植物や海藻、貝、カニ、エビ、魚などが広範囲に紹介されており、写真や図解などが随所に取り入れられています。
一方でこうした昔からの自然が残されている海辺は日本全国で行われたウォーターフロント開発により、今では本当に僅かしか残されていないことにも気付かされます。
また人びとの生命や財産を自然災害から守るための防波堤は、自然環境や生態系に深刻な影響を与えるといった難しい問題も抱えています。
サンゴ礁、ヒルギ林といった南国特有の渚の風景についても詳しく紹介されているのは嬉しいですが、ここでも深刻な自然破壊が進んでいる現実が紹介されています。
かつて沖縄本島は四方をサンゴ礁に囲まれた美しい渚をもった島でしたが、海辺の人口護岸だけでなく、内陸部の開発に伴う赤土流出などが要因で殆どが死滅状態にあります。
また本書が発行された当時は深刻な状態ではなかったため触れられていませんが、地球温暖化による海水温の上昇によってサンゴの白化現象が深刻であることも報道されています。
本書は渚の豊かな自然と生態系を教えてくれると同時に、一度破壊されたら取り返しのつかない貴重な財産であることを読者に教えてくれるのです。
ポーツマスの旗
吉村昭氏による日露戦争後に調印されたポーツマス条約の全容を描いた歴史小説です。
この戦争は双方100万人以上の戦力を投入し、数十万人の死傷者を生み出した20世紀初の国家総力戦となったこともあり、世界的にも知られている戦争です。
この戦争の経過については司馬遼太郎氏の代表作「坂の上の雲」に詳しく書かれていますが、この後に行われた講話条約に焦点を当てているのが吉村氏らしいといえます。
日本側見ると当時のロシアは国土面積はもちろん経済力・軍事力の面でも大国であり、世界的に見てもこの戦争はロシアの勝利に終わると予想されていました。
また日本の政治・軍事含めた指導者たちは開戦前から軍事力でロシアを屈服させることは不可能であると判断し、局地的な戦闘で優位に立った上で第三国の仲介による講和へ持ち込むことを前提に戦争へと踏み切った背景がありました。
一方でロシア側は勝利を確信した上で開戦しましたが、逆にこの日本への過小評価が思わぬ敗北を招いたといえます。
日本は旅順要塞攻略や奉天会戦、日本海開戦で勝利を得たとはいえ、経済的な限界により戦争を継続できる状態ではなく、このタイミングでの講和条約はシナリオ通りだったといえ、ロシア皇帝ニコライ2世は強固な戦争継続を主張していました。
しかしロシア国内でも帝政や戦争へ対する批判から本格的な革命の気運が高まりつつある不安定さを抱えていたため、最終的には講和条約の席に就くことになります。
このポーツマス条約は一流の政治家、外交官たちによる、あらゆる駆け引きや工作を駆使しながらの交渉であり、作品の至るところからその緊張感が伝わってきます。
このときの日本側全権が当時外相であった小村寿太郎です。
彼の身長は150cm程度と当時の日本人男性の中でも低い方であり、ロシア側全権のウィッテは180cm以上の大男であったことから、2国間の国力差がそのまま2人の体格差として表れているような印象さえありました。
加えて木村は外交官としての経歴が長いにも関わらず社交的ではなく、1人で読書することを好む性格でした。
これには自らの外見へのコンプレックスや病弱だったという要因が関係しているかも知れません。
さらにプライペートでは実家の事業失敗により莫大な借金を抱えており、妻や子どもとの関係は不和で実質的に家庭崩壊の状況にあるなど、その私生活には暗いイメージがつきまといます。
ところが木村はいざ講和条約の席に臨むと強靭な精神力と交渉力を発揮します。
そこには国益を左右する交渉の責任者としての立場を果たそうという覚悟が感じられ、この条約締結直後に体調を大きく壊してしまうほど全身全霊で臨んだのです。
奇しくも日露戦争で世界最強といわれたコサック騎兵を破り「日本騎兵の父」の呼ばれた秋山好古は、「男子は生涯、一事をなせば足る」を座右の銘としていまたが、まさしくポーツマス条約締結における小村寿太郎がそうだったといえます。
一方で当然のように戦争継続のための財政が枯渇しつつあり、兵器や備品も不足している状況を日本国民は知りませんでした。
木村が挙げた成果は首脳陣たちの予想以上のものだったにも関わらず、戦争で勝利した日本がロシアから賠償金を取れないという結果は国民の不満を招き、やがて死者が出る暴動へと発展してゆきます。
つまり国民から見たポーツマス条約の成果は弱腰外交と見なされ、彼の功績は長い間評価されることはありませんでした。
昭和2年東京生まれの著者が、父の思い出話として日露戦争後に起きた都内での騒擾事件、その原因となった木村の屈辱外交の話を聞かされたことが本作品執筆のきっかけとなったといいます。
今でもSNS上で特定の政治家を売国奴などと批判する投稿を見かけますが、外交の世界は奥深く表面に出ている事実はごく一部であることを考えると複雑な気分になるのです。
生麦事件(下)
吉村昭「生麦事件」下巻のレビューとなります。
上巻では生麦事件と事件後のイギリスと幕府、薩摩藩との交渉、そして薩英戦争へと至る経緯が描かれていますが、下巻ではストーリーの規模が一気に広がり、薩英戦争を経て薩英同盟が結ばれるまでの経緯、そして下関戦争や長州征伐を経ての薩長同盟の締結、鳥羽・伏見の戦いへと明治維新そのものの流れが描かれています。
つまり上巻から読み進めると、生麦事件を発端にして明治維新に至るまでの歴史的な関連性が綺麗な直線で結ばれてゆく爽快感を感じます。
一方で本作品のクライマックスは、生麦事件が直接的な原因となった薩英戦争に尽きると思います。
薩摩藩は早くからイギリスの来襲が必至であると予測し、鹿児島の町を中心に台場を築いて大砲を備え付け、火薬や砲弾を量産して備えます。
一方のイギリスは5隻からなる最新鋭の艦隊を率いて錦江湾へと向かいます。
おもに薩摩藩側の視点から見た緊迫した状況、そして実際の戦争経過の描写は、ほかの歴史小説で詳細に取り扱っている作品が少ないこともあり、吉村ファンでなくとも必読の場面であるといえます。
兵器の圧倒的な性能差があるにも関わらず悪天候が薩摩藩へ味方し、さらに藩士たちの士気の高さとイギリス側のミスや事故が重なり、結果はかなりの善戦により事実上の引き分けという形で終結します。
人的被害はイギリス側の方が大きかったものの、薩摩側も台場を破壊され、さらに町の10分の1を焼失するなど、その被害は決して小さくありませんでした。
この戦争の結果がもたらしたのは後に薩英同盟という形で明確になりますが、それには双方の冷静で合理的な判断が根底にあります。
イギリス側は優柔不断で埒が明かない幕府の日本代表としての姿勢を不服に思っており、一方で勇猛果敢で合理的な判断をする薩摩藩との関係を深めることが自国の利益へつながることを見抜きます。
そして薩摩藩側は引き分けたとはいえ圧倒的な兵器の性能差を素直に認め、攘夷を継続することが現実的な路線ではないことに気付き、むしろ彼らの技術を積極的に取り入れることで国内における影響力を強める方針へと転換します。
太平洋戦争末期に本土決戦へ向けて市民へ竹槍訓練を強制していた軍部の迷走と比べて、幕末当時の薩摩藩首脳陣たちの現状把握能力がいかに優れていたかが分かります。
イギリス、薩摩藩に共通して見られる政治的リアリズムは一度は戦争へ至ったものの、本来相性が良かったという見方ができますが、一方で幕府側勢力や一時の長州藩側から見ると薩摩藩は目的のためには手段を選ばない冷徹なイメージを抱いて嫌われていた側面もあります。
今まで吉村昭氏の幕末小説は桜田門外の変、天狗党、彰義隊といった題材を扱った作品を読んできましたが、本書のように(歴史上の勝者を題材にするという意味で)王道の歴史小説を執筆するのは珍しいといえます。
生麦事件(上)
本作の表題となっている生麦事件とは、1862年に生麦村(現在の横浜市鶴見区生麦)で起きた、薩摩藩士によるイギリス人殺傷事件(1名死亡、2名重傷)です。
この事件以前にも過激な藩士や浪人たちの攘夷運動によって外国人が襲撃される事件は度々発生していましたが、これらの事件と大きく異なるのは、白昼堂々と薩摩藩士の手によって行われたことが明らかであり、目撃者が多数存在していたことです。
イギリス側は実行犯、そして藩の実権を握る島津久光の処刑、さらには賠償金の支払いを要求します。
一方の薩摩藩は、下馬せずに大名行列を乱した者は無礼討ちしても構わないことが国法として認められており、それは外国人といえども例外ではないと主張してイギリスの主張を突っぱねます。
(ちなみに被害者のイギリス人たちは不幸にもその法を知りませんでした)
そもそも当時の薩摩藩はもっとも攘夷熱が高かった時期でもあり、こうした背景からもイギリスへ譲歩する気はまったくありませんでした。
その中で困った立場に追い込まれたのが、イギリスを含めた5カ国と通商条約を締結していた幕府です。
この条約では外国人の治外法権(外国人が日本で罪を犯しても日本側は裁けない)が認められており、イギリスは幕府へ対して管理責任を追求したため板挟み状態に陥るのです。
この頃には尊王思想、公武合体運動といった動きが活発になりはじめており(薩摩藩はその急先鋒勢力の1つであった)、幕府の推し進めてた開国政策に反対だったこともあり、幕府からの圧力に屈するつもりは毛頭ありませんでした。
のちの明治維新は薩長両藩を中心に成し遂げられることになりますが、この時点でもっとも世界情勢を正確に把握していたのは幕臣たちであったのは面白い点です。
幕府は西洋列強国の持つ武器や船舶の性能が日本のそれとは次元が異なるほど優れており、開国を拒んで武力に訴えられた場合に勝ち目がないことを冷静に見抜いていたのです。
一方で江戸幕府が整備した優れた官僚主義は、この頃に至ってさまざまな弊害が生じ始め、迅速で大胆な意思決定が行えず、"ことなかれ主義"と"前例踏襲"に終始する有様となっていました。
そのためイギリスからの要求へ対して右往左往して、ひたすら先送りする状態であり、その経緯が吉村氏らしい正確な時系列で描かれています。
業を煮やしたイギリスは5隻の戦艦を率いて薩摩藩を攻撃することを決定し、薩英戦争へと繋がってゆくのです。
本作品を読み進めてゆくと、この生麦事件が幕末の大きな転換点となったことに気付かされますが、意外にも吉村昭氏がこの事件を作品として取り上げようとした当時、この事件についての専門の研究者や研究書が存在しないことを知って驚いたといいます。
つまり吉村氏は作家でありながら、歴史上におけるこの事件の重要性にいち早く気付いた1人ということになり、その着眼点に驚かされます。
世界の一流は「雑談」で何を話しているのか
序盤に次のような一文があり、まさしく自分自身に当てはまると思い本書を手にとってみました。
日本のビジネスマンは、雑談を「本題に入る前のイントロ」と考えている。
多くのビジネスマンが雑談に苦手意識を持っている原因は、手探り状態で無難な話題を口にしていると不安が芽生えてくることに起因する。
著者のピョートル・フェリクス・グジバチ氏は、経営コンサルタントや投資家といった経歴があり、グーグルに在籍していたこともあるようです。
そして日本でのビジネス経験も長く、日本語に堪能で日本文化にも深い造詣を持っている方です。
本格的な打ち合わせに入る前に、天気の話や世間話をしたりする経験が私にもありますが、それは私だけでなく相手にとっても本質的に興味のある話題ではなく、次の日には忘れてしまうような内容です。
つまり場の空気を和ますために無理に雑談をすることに苦手意識を持つことは多くの人にとって自然なことだと思います。
一方で著者は一流のビジネスマンが雑談をする目的を次のように語っています。
1. お互いに「信頼」できる関係を築く
2. お互いが「信用」できることを確認する
3. お互いを「尊敬」できる関係を築く
これらを心理学で「ラポール」を作るという。
つまり雑談自体に明確な意図があり、お互いの沈黙と気まずさを埋めるだけの雑談は「愚かな行為」ということになるのです。
そしてビジネスの場の雑談は取引先企業だけを指すのではなく、社内で行われる雑談も対象になります。
ここでは主にグーグル社内で行われていた雑談を対象に事例が紹介されています。
グーグルの取り組んでいる内容が無条件で良いこととは思いませんが、それでも本書に書かれていることは説得力があります。
それは上司と部下は日本企業でいう「上下関係」にあるのではなく、プロスポーツチームにおけるコーチと選手のような関係であり、その時間は基本的に部下のためにあるというものです。
また雑談を含めオフィスに笑い声があるということは、「笑ってもいい」ほどにリラックスして働ける環境であるだけでなく、仕事で結果が出ている証拠であるとも言及しています。
たしかに話し声が殆ど聞こえず、キーボードを叩く音だけが響く職場というのは緊張感が漂い、少なくとも楽しく働ける職場という印象は抱けないでしょう。
続いて実践的なビジネス雑談の方法が紹介されていますが、要は一流のビジネスマンは周到な準備をして雑談に臨み、究極的には本題に入る前に仕事を終えてしまうというと著者は主張しています。
ここまで来ると何だか「雑談」という言葉自体が相応しくないような気がしてきますが、そもそも英語には"Chat"、"Small talk"といった近い意味の単語はあっても、雑談そのものを意味する単語は存在しないようです。
ちなみに本書で言及されているのはあくまでもビジネスにおける雑談であり、家族や友人、近所の人や恋人との雑談を対象にしたものではないのでご注意を。
疲労とつきあう
最近、書店を見て気付くのは疲労回復、休日の過ごし方、睡眠に関する本など、体調管理に関する本が多いことに気付きます。
仮にいつも最高のコンディションであれば、仕事でパフォーマンスを出すこともできますし、何より毎日を楽しく過ごせると思います。
しかし現実的には忙しさが続くと疲労やだるだ、さらには気分が乗らないといった不調を感じる場面があり、何よりも若い頃より疲れやすくなったことを実感します。
一方で書店に並ぶそうした本をパラパラをめくっても、いまいちピンと来ないことが多いのも事実です。
それは著者の専門とする知識、そして経験に基づく内容であることが多く、合う合わないに個人差があるように感じてしまうからです。
そこで手にとったのが本書です。
新書という手軽に疲労についての基本的な知識を得ることができる、しかもそれが岩波新書であれば読書好きとしては手にとってしまうものです。
出版は1996年と少し古いですが、医学の最前線を知りたいわけではないので、基本的な知識を得るのには差し支えがないはずです。
著者の飯島祐一氏は信濃毎日新聞社の編集者という肩書であり、いわゆる専門家ではありませんが、記者という経験を生かし、70人を超える医師、研究者、さらには患者へ取材をして本書を書き上げたといいます。
まず意外だと思ったのが、インターネットが本格的に登場する以前の1995年当時にも関わらず、科学の進歩・発達がもたらした豊かさの反面で、急速な技術革新の波が現代人へ精神的な負担をもたらし、疲労を蓄積させていると指摘している点です。
そこから30年の間にSNSや動画サイト、AIの登場などにより、さらにテクノロジーが進化し続けている現在ではその負担はさらに増大していると考えるのが妥当です。
続いてそこから生じるさまざまな病気や症候群について言及していきます。
ちなみに全国ではじめて慢性的な疲労を専門とする疲労外来が登場したのもこの頃(1993年)です。
さらに疲労は多くの場合、心の疲労が潜んでいると指摘しています。
その疲労が進むと「心そのものの病気」である精神疾患(さらにうつ病と神経症に分かれる)と「心がかかわる体の病気」である心身症へと発展してゆき、それらの病気が発生するメカニズムやそうした病気に陥りやすい性格、さらには実際の症例などが解説されています。
これはあくまで大きなカテゴリー分けであり、さらには休日神経症、燃えつき症候群、過敏性腸症候群、緊張型頭痛、パニック障害等々に細分化されてゆき、それぞれの症状についても解説されています。
また疲労回復と睡眠の関係性、不眠症や睡眠のリズムが崩れる睡眠相後退症候群にもページを割いて解説しています。
加えて疲労回復、ストレス解消のためのお酒がいつの間にかアルコール依存症となる危険性についてもページを割いて、その仕組みや症例が紹介されています。
新書でありながら幅広い症例に言及されており、こうした病気にかからないことが1番ですが、もし自分や身近な人が同じような症状になってしまったとき、多くの人が同じように苦しんでいること、また客観的にその症状を把握することは必要であり、手元に置いておいて損はない1冊だと思います。
けものたちは故郷をめざす
本書は安部公房氏にとって初期の作品でありながらも、その代表作の1つとして知られています。
著者は少年期を満州で過ごし、そこで終戦を迎えて父親を病気で失い、その翌年に引き上げ船で日本へ帰国するという経歴を持っています。
安部公房氏の作風を一言で表すと、非現実を現実的に描くという印象であり、言い方を変えるとリアリストが幻想文学を執筆するというイメージがあります。
それらと比べると自らの体験に構想を得て書き上げた本作品は戦争小説という側面があり、これまで読んできた阿部氏の作品とは異なる印象を受けました。
主人公の久木久三は満州で両親を失い、終戦に伴いその地を占領したロシア軍人たちと生活を共にするようになります。
しかし終戦から時間が経ち、戦後はじめて南(日本)へ向かう列車が出るという情報を入手し、ロシア軍人たちの目をかいくぐって日本へ帰国することを決意します。
久三はロシア軍人たちに虐待されているわけではなく、極寒の地に関わらず暖かい住居と充分な食料を入手できる恵まれた環境で暮らしていましたが、躊躇することなく故郷に戻ることを決意するのです。
それは動物が持つ帰巣本能のようなものであり、本作品のタイトルにもなっています。
一方で当時の旧満州地域はロシア軍、国府軍(国民政府軍)と八路軍(中国共産党軍)が入り乱れる混沌とした治安の悪い地域であると同時に、厳しい寒さで知られる東シベリア地域でもありました。
故郷を目指す久三は列車に乗り込みますが、それを待ち伏せした武力勢力に襲撃され、荒野に取り残される形となります。
そこで日本人の母を持つ中国人・高石塔と出会い、2人で荒野を歩いて安全な町を目指す逃避行を続けることになるのです。
ただし主人公と同道する高は、自らをジャーナリストと名乗るものの、明らかにそれが嘘と分かるような得体の知れない不気味さと謎を持った人物です。
作品の前半部分を読み進めている段階で、レイテ島から祖国への脱出を試みる兵士を描いた大岡昇平氏の「野火」とストーリー上で共通する部分が多いことに気付きます。
ただしいずれの主人公も飢えながら異国の地で彷徨するという共通点がありながらも、舞台が南国フィリピンと極寒の東シベリアという差異があり、また主人公が1人で行動するのか、2人の行動なのかという違いがあったりします。
久三はつねに他人への信頼と不信感の間で心が揺れ動き、何度も絶望するような状況に陥ります。
しかもそれが極寒の見渡す限り広がる地平線しかない大自然との対比の中で描かれている点に、作品のスケールの大きさを感じるのです。
極限の状況に置かれた人間がどのような心理の中でどのような行動を取るのか、その点の描写も作者によって大きく異なる点があり、読書の醍醐味の1つだといえます。
飢餓同盟
昨年から読み始めた安部公房も本書で6作目になります。
彼の作品の特徴は、どの作品からも完成度の高い独特の雰囲気が漂っている点です。
この"雰囲気"は作品の舞台だけでなく、登場人物たちも含まれます。
こうした登場人物たちの中には、主人公自らが唯一正気を持っている(と信じている)場合もあれば、主人公を含めた登場人物全員の正気を疑うようなストーリーが繰り広げれたりします。
本作品は後者に属します。
舞台は花園町というどこにでもありそうな架空の地方都市であり、かつては温泉街として賑わっていましたが、20年ほど前の大地震の影響で温泉がとまってしまい、今では目玉となる産業や観光地もない、雪深い寂れた町という設定です。
この町では代々の大地主、そして事業によって成功した大金持ちが絶大な権力を持つ、保守的な雰囲気が漂ってます。
一方で彼らによる実質的な町の支配を快しとはしない、不幸で複雑な過去を持つ恵まれない環境にいる人たちも存在していたのでした。
また保守的な町が故に、ほかの町から移住してきた"よそ者"として疎外されている人も存在しました。
花井太助もこうした境遇にいる1人でしたが、彼らを束ねて既存の権力者を打倒する(つまり革命を起こす)ために"飢餓同盟"を結成するのです。
花井は既得権益者たちの"富"を徹底的に否定しますが、同時に現実問題として革命を遂行するためには金(資金)が必要であるという矛盾に直面するのです。
そこでかつて温泉街で栄えたという地域性を生かして地熱発電所を建設する計画を思いつきます。
計画は壮大であるものの、秘密結社のメンバーは10名足らずであり、それぞれのメンバーが事情を抱えていてなかなか計画通りに進みません。
それどころか敵同士を離反させる作戦が、逆にその結束を高めてしまったり、女性問題が邪魔したりと前進どころか後退してしまう始末です。
それなりに深刻な状況に置かれている登場人物たちは誰もがどこか楽観的に描かれており、絶望的な状況がつねに喜劇のように感じてしまいます。
もし自身の境遇から将来への希望がまったく見えず、社会からも疎外された状態であれば、すくなくとも権力者たちの没落や社会の混乱を心のどこかで望むと思いますが、同時にそれが非現実的な妄想であることも意識するはずです。
中には花井のように本気で革命を企てる人間も出てくると思いますが、それは傍から見れば狂気であり、その結末は悲劇どころか喜劇で終わってしまうという現実を非現実的に描いた作品であるといいます。
全宗
火坂雅志氏による戦国時代小説です。
江戸時代に入るまでは僧侶が代表的な知識人層でした。
彼らの専門知識や教養は戦国武将たちにも重宝され、そこに注目した火坂氏は織田信長に仕えた沢彦、徳川家康に仕えた金地院崇伝を主人公にした作品を発表してきました。
そして今回紹介するのは、豊臣秀吉へ仕えた施薬院全宗(やくいん ぜんそう)を主人公にした歴史小説です。
歴史小説を注意深く読んでいると、秀吉の侍医としてその名前が登場することはありますが、その詳細に触れらている作品は殆どありません。
つまり全宗は医者であると同時に秀吉のブレーンでもあったのです。
彼は早くに両親を亡くして比叡山薬樹院の住持となっていましたが、信長の比叡山焼き討ちに遭ったのちに、当時医学の頂点にいた曲直瀬道三の弟子となり、その後に秀吉に仕えることになります。
全宗は甲賀出身であることから、本作品ではその出自を忍び(下忍)としています。
命がけで故郷を逃れた全宗には、強烈な上昇志向、つまり戦国武将たちのように立身出世へ対するギラギラした野望を持っていました。
全宗は曲直瀬道三門下で頭角を表してゆきますが、やがて師の道三は彼の持つ医者という身分に不相応な野望にも気付き始めます。
それは政治的な野心であり、たとえ師であろうとも敵として立ち塞がる相手は容赦しないという覚悟を伴ったものでした。
普通の武将であれば戦場での働きによって立身出世を成し遂げようとしますが、彼は武力によってではなく、独力して身に付けた医学という知識を武器にして成り上がってゆくことを決意します。
もちろん全宗には先祖から授かった領地や格式のある血統はなく、自分と同じような境遇から頭角を現し始めた秀吉に目を付けます。
信長の勢力が全盛期の頃から秀吉の将来を見抜き、彼に天下を取らせることによって自らの野望を達成しようと目論むのです。
火坂氏らしい戦国時代においてユニークな方法で立身出世を遂げるストーリーという着目点は読者を楽しませてくれます。
DRY
本ブログでも何度か紹介している原田ひ香氏の小説です。
主人公は北沢藍33歳。
かつてタワーマンションで夫と2人の子どもの3人で暮らしていましたが、自らの不倫が原因で離婚し、親権も夫側に取られしまい1人暮らしをしている女性です。
もっとも離婚前から夫との仲はうまくいっておらず、義理の父母とも折り合いが悪い状況が続いていました。
そして藍の母である孝子58歳。
彼女は定職にはつかず、あちこちに男を作っては水商売のようなことをして暮らしています。
次に藍の祖母のヤス80歳。
夫を早くに亡くし、年金暮らしをしています。
ちなみに藍の父は物心がつく前に離婚して家を出ており、顔も覚えていません。
また母と祖母に共通するのは、2人とも家事や子育てに関心が薄く、こうした2人を避けるように藍は10年間も実家に寄り付くことがありませんでした。
さらに母と祖母の相性が悪く、喧嘩が元で母が祖母へ対して傷害事件を起こしてしまい、藍は久しぶりに実家へ顔を出すようになります。
(幸い祖母のケガは軽症であった)
2人とも生活に必要な充分な収入がなく、いわゆる貧困層と言われている生活をしていました。
さらに藍も離婚してからの引っ越しなどで貯金を取り崩してしまい、経済的な余裕が無い状態です。
彼女は実家に顔を出すようになってから幼馴染である美代子と再会しますが、彼女も親戚から祖父の介護を押し付けられて、定職に付かず祖父の年金を頼りに暮らしている状態でした。
この美代子との再会がストーリーを思いがけない方向へ展開してゆくことになりますが、ネタバレになるため本ブログでは紹介するのは控えたいと思います。
著者の作品は現代の社会問題を切り取ったものが多く、本作品では貧困問題が大きなテーマになっています。
主人公の藍は1度は手に入れた安定した生活を離婚によって失いますが、もともと実家は裕福ではなく、家庭問題によって祖母から貧困の連鎖が3代続く状況になっています。
そして主人公の幼馴染である美代子は日々の介護に追われて定職に就くことが出来ず、結果的に平均的な生活水準を送ることが難しい状況に陥っています。
貧困問題は単に当事者たちの経済的な困窮だけに留まらず、差別、孤立、そして犯罪といった副次的な問題へと広がっています。
そうした意味で本作品はエンターテイメント小説としての側面と、社会派小説としての側面があるといえます。
ちなみに本作品に限らず、著者の作品には登場人物の収入や資産状況、つまりお金について具体的に言及されていることが多く、ストーリーそのものに生々しい現実感を感じることができます。
北極圏1万2000キロ
本書は伝説的な冒険家・植村直己氏がグリーンランドからカナダを経て、アメリカ(アラスカ)までの1万2000キロを犬ぞりで走破した過程を執筆したものです。
1万2000キロといわれても実感が沸かない数字ですが、ためしに北海道の最北端・稚内から九州の最南端・佐多岬までの運転ルートを検索してみると約2800キロであり、全然足りません。
東京~ロンドン間が直線で約1万キロという距離のため、とにかく途方もない距離であることが分かります。
またグリーンランドとカナダは陸続きではなく、凍結した海上を移動する必要があります。
そのためこの犬ぞりの冒険は冬季に行う必要があり、植村氏は2シーズン(1974年、1975年)に分けてこの冒険を敢行しています。
北極圏に住むイヌイットにも前例が無い、人類史上初の試みでもありました。
ちなみに犬ぞりを日常的に使用するのはグリーンランドのイヌイットのみであり、カナダ、アメリカに住むイヌイットはスノーモービルを利用しているようです。
もちろんスノーモービルを使用した方が早くて快適ですが、北極圏の大部分は無人地帯であるため機械の故障や破損は死へと直結します。
一方で10数頭で行う犬ぞりは、犬の世話が必要なもののリスクを分散することができるため、今回のような冒険での使用は合理的であるといえます。
植村氏は冒険にあたりグリーンランドで犬ぞりを扱うための訓練も行い、万全の準備を行います。
ただし当然のように犬ぞりで運べる重量には上限があり、またときには1000キロ以上の無人地帯を走破する必要があり、途中で食料を調達するためにカリブーやアザラシといった野生動物をハントする必要がありました。
さらには当時はGPSもなく、1日中太陽が昇らない極夜をコンパスや地形によって進まなければいけない危険、薄い海氷を踏み抜いて溺れてしまう危機、油断した隙に犬に逃げられてしまう危機など、本書を読んでゆくと冒険に成功したことが奇跡のように思えます。
実際に植村氏自身がもうこれ以上進めないと弱気になる場面が幾度もあり、その度ごとに強い意志力、そして優しいイヌイットたちの援助によって再び前進してゆく姿には読者も勇気づけられます。
ちなみに本ブログでは角幡唯介氏が北極圏を冒険した書籍も紹介していますが、併せて読むことでより北極圏地域へ対する理解が深まり楽しむことができます。
- アグルーカの行方
- 極夜行前
- 極夜行
加えて北極圏に住むイヌイットの生活に魅了され、1972年にグリーンランドを訪れてそのまま現地のイヌイット女性と結婚して猟師として生活を続ける大島郁雄氏の著書「エスキモーになった日本人」もお勧めです。
青春を山に賭けて
1970年に日本人としてはじめてエベレスト登頂を果たすと同時に、世界ではじめて五大陸最高峰の制覇を果たした植村直己氏がその翌年に出版した本です。
ちなみに五大陸最高峰と植村氏が登頂した時期は以下の通りです。
- モンブラン(ヨーロッパ大陸 / 4,810m / 1966年7月)
- キリマンジャロ(アフリカ大陸 / 5,895m / 1966年10月)
- アコンカグア(南アメリカ大陸 / 6,961m / 1968年2月)
- エベレスト(アジア大陸 / 8,848m / 1970年5月)
- マッキンリー(北アメリカ大陸 / 6,190m / 1970年8月)※現在の呼称はデナリ
ちなみにエベレスト以外はすべて単独登頂で達成していますが、彼は決して人間嫌いだった訳ではなく、自身(広い定義でいえば人間)の可能性へ挑戦したいといった考えがあったようです。
さらに本書ではアコンカグアに登頂したあとに60日間かけてアマゾン川を上流から河口までイカダで下るという冒険、さらにはアルプス最難関といわれるグランド・ジョラス北壁登攀の様子も紹介されています。
彼が活躍するフィールドは登山だけに留まらず、のちに犬ぞりで北極圏を冒険にも挑戦しています。
本書では一通りこうした冒険の過程が描かれていますが、さすがに1冊の本ですべての冒険を克明かつ詳細に書くには無理があり、エベレスト挑戦だけにテーマを絞った「エベレストを越えて」といった著書があったりします。
本書を読んで印象に残るのは個別の冒険譚というよりは、著者自身が語る自らの半生です。
植村氏は明治大学の山岳部に入りますが、それまで登山経験が殆どない初心者だったといい、合宿があまりに厳しくて辞めることも考えたといいます。
しかし生来の負けず嫌いだった植村氏は誰よりも熱心にトレーニングに励み、大学生時代に年間120~130日間は山に入っていたといいます。
そして大学卒業後は就職もせず、アルバイトで溜めたわずかな資金だけを頼りに単身アメリカへ渡ることになります。
アメリカの農園ではメキシコ人たちに混ざって資金稼ぎをしていたところを移民官に見つかり強制送還されそうになり、次にアルプス山麓にあるフランスのモルジンヌのスキー場で3年以上に渡り働き、この町を生活拠点にしがらモンブラン、キリマンジャロの登頂を果たします。
外国語を話せない、知り合いもいない、お金もないといった条件の中で躊躇せずとにかく前のめりに挑戦してゆく姿は冒険だけに留まらず、世界中を1人で渡り歩く上で欠かせないスキルだということがよく分かり、本書を通じて一番印象に残りました。
深重の海
いつの間にか本ブログでは津本陽氏の著書を40册以上紹介していることになります。
本書は第79回直木賞受賞作であると同時に津本氏が作家として世間に知られるきっかけとなった作品です。
津本氏といえば剣豪小説や歴史小説の名手として知られていますが、本作品はそのいずれにも属しません。
舞台は紀伊半島南東部にある太地湾(現・和歌山県太地町)であり、かつて日本における捕鯨文化の中心地として栄えた地域です。
そこで17世紀から続く伝統的な古式捕鯨が時代の激流に呑み込まれて衰退してゆく過程を描いた作品です。
作品を読めば分かるため詳細は割愛しますが、古式捕鯨とは網や銛を用い、さらには灯台からクジラの動きを見張る人たちを含めると数百人にも及ぶ規模で行われる捕鯨方式のことです。
クジラは肉や脂、さらには骨やヒゲ、皮に至るまで余すところなく利用できる資源であり、江戸時代には「一頭で七郷が潤う」と言われるほどの一大産業でした。
実際に代々鯨方棟梁を務めてきた和田家は、井原西鶴の「日本永代蔵」において日本十大分限者(日本の富豪TOP10)の1人として鴻池家や紀伊国屋と並んで紹介されるほどの繁栄を誇っていました。
一方で古式捕鯨に用いられる勢子舟や網船は小さな木造船であり、暴れるクジラによって、さらには海の難所として知られている熊野灘によって多くの命が失われてきた危険な漁場でもあったのです。
本作品の山場であり、古式捕鯨を一気に衰退させるきっかけとなったのが明治11年に発生した大背美流れです。
これは不漁が続き、年越しの支度金も無いほどの困窮に陥った漁師たちが熊野灘に現れた巨大なセミクジラを危険を承知で深追いした結果、100人以上の漁師が犠牲になった海難事故を指します。
本作品ではその一部始終がこと細かく描かれており、ドキュメンタリー映画のような緊張感があります。
そもそも不漁となったのはアメリカを中心とした蒸気船や爆薬付の捕鯨砲を用いた近代捕鯨によるクジラの乱獲が原因であり、古式捕鯨とは桁違いの効率性を備えていました。
多くの仲間を失い困窮する漁師たちは、それでも古式捕鯨を再興させるために資金集めなどに奔走します。
本作品はこうした経緯を代々続く漁師である弥大夫、孫才次親子の視点から描いいますが、大きな時代の流れによって1つの文化が滅んでゆく生々しさと哀しさを感じさせると同時に、著者の出身地である和歌山県を舞台にしている郷土愛も感じられます。
ちなみに同じ熊野太地の捕鯨を扱った作品に吉村昭氏の「鯨の絵巻」があり、併せて読むことでより奥行きを持った歴史を知ることができます。
風流武辺
津本陽氏による歴史小説です。
本作品の主人公は戦国武将、そして茶人として活躍した上田重安(宗箇)です。
重安ははじめ織田信長の家老である丹羽長秀の家臣として戦場で頭角を表してゆきます。
ちなみに丹羽長秀といえば柴田勝家と双璧をなす宿老でありながらも、すこし存在感が薄い印象を受けます。
それは本能寺の変で信長が斃れたあと、秀吉と徹底抗戦して滅んだ勝家と違い、かつては自分より席次の低かった秀吉の支配を受け入れたことに要因があるように思わます。
それはともかく、信長存命時の長秀は重要な作戦を任せられることが多く、各地を転戦することになります。
当然のように重安も多くの戦場を駆け回ることになり、信長へ対して謀反を起こした荒木村重の籠る有岡城への城攻め、本願寺攻め(石山合戦)などで戦功を重ねてゆきます。
やがて秀吉の時代が訪れると柴田勝家との合戦、家康との小牧・長久手の戦い、さらには島津氏の九州征伐や北条氏の小田原征伐など、数々の戦場を経験してゆきます。
ちなみに長秀が病死すると丹羽家は減封されてしまい、重安は秀吉の直参として召し抱えられます。
一方で戦場で多くの敵味方の"死"を目にし、自らも多くの命を奪ってきた歴戦の強者である重安には、この世は長く生きるに値しない厭世的な気分に陥ることが多くなってゆきます。
明日の命も知れぬ乱世において多くの戦場を経験してきた武将の中には、今さえよければそれでいいと刹那的に生きる人間も少なくありませんでした。
重安はそうした粗暴な振る舞いを好む性格ではなく、心の空虚を埋める手段を"風流"の中に見出します。
それは千利休、古田織部といった茶人に弟子入りしたのがきっかけであり、のちに自らも茶道の流派(上田宗箇流)を開くまでになります。
ちなみに重安は関ヶ原の戦いでは西軍に味方したため所領を没収されて浪人となりますが、彼の武勇・文化人としての名声を慕ってはじめは蜂須賀家、のちに浅野家に高禄で召し抱えられることになり、大阪夏の陣では戦功を立てて家康・秀忠からも高く評価されます。
もしも重安が武力だけの武将であったとしたら、彼を歴史小説の主人公として取り上げることは無かったはずです。
決して一般的な知名度は高くないにも関わらず戦国時代を駆け抜けた1人の武将の物語として魅力的な作品に仕上がっています。
孤独な噴水
吉村昭氏によるボクシングをテーマにした長編小説です。
吉村ファンであれば彼がかつて熱心なボクシングファンだったことはよく知られていますが、本作品は1995年に文庫化されたものの、実際はその31年前(1964年)に発表済みの彼にとってはじめての長編小説になります。
著者はあとがきで作品の文庫化にあたり、強いためらいがあったと告白しています。
それは1995年時点で読み返してみると文章にある種の衒気(げんき)があり、気恥ずかしさを感じるからだとその理由を語っています。
ちなみに衒気とは自分の才能を見せびらかす虚栄心のような意味合いです。
実際に読んでみて、著者自身が背伸びをして執筆したという印象は受けませんでしたが、後に発表される数々の作品と比べて明らかに作風が異なるのはすぐに分かりました。
吉村昭といえば情景を淡々とかつ精密に描写してゆく作風でお馴染みですが、本作品はストーリーそのものを丁寧に補足するための心理描写や登場人物のセリフが多く、どちかと言えば吉村氏らしさのない一般的な小説という印象を受けました。
それでも小説化にあたっての着目点については共通する部分があると感じました。
ストーリーは問題を抱える家庭に育ち、人生の目標もなく玩具工場で働く毎日を送っているところに東京の下町でたまたま見つけたボクシングジムへ主人公が入会するところから始まります。
そこが弱小ジムということもあり、私自身は完全に「あしたのジョー」に登場する"丹下ジム"を想像しながら読んでしまいました。
一方でストーリー自体はマンガのように劇的な内容ではなく、登場するジムの会長やトレーナー、先輩や練習仲間たちの描写にはリアリティを感じる描写になっています。
つまり主人公がのちに世界チャンピオンへと上り詰めるような華々しいストーリーではなく、どこにでもいそうなボクサーを主人公にしている点に著者らしさを感じるのです。
著者は本作品を書き上げるために何軒ものジムを訪れて試合にも足繁く通ったといいますが、だからこそ描くことのできる生々しさが作品全体から漂ってきます。
恵まれない家庭環境にある主人公には常に孤独と影がつきまとい、それが新たな闇を呼び寄せる結果になりながらも、その中で必死に自分自身の青春を追い求める姿には痛々しさを感じます。
ちなみに本作品発表当時の著者はまだ専業作家として生活できる状況ではなく、毎日の会社勤めをしながらの執筆だったといいます。
そう考えると作品中で描かれている主人公の心理は、当時の著者自身が抱えていた心理を間接的に幾らかでも反映したものであるのかも知れません。
メディアの興亡 下
ノンフィクション作家・杉山隆男氏が大手新聞社(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞)の昭和史をダイナミックに描いた作品です。
作品中で各新聞社の歴史を辿りながらも中心となるストーリーは、業界の中でいち早く紙面を従来の活字ではなくコンピューターで製作することを目指した日本経済新聞、そしてそのライバルであり、盟友でもあった朝日新聞、さらにはこの2社のシステム開発を請け負った米国IBM社です。
まずコンピューター化といっても日本の紙面作りは複雑かつ独自であり、それを門外漢であるIBM社が理解するところが最初の困難になります。
とくにIBM社の技術者はアメリカ人が中心だったため、日本人ですら理解が難しい新聞の紙面作りの考え方を正確に伝えて理解してもらうためには気の遠くなるようなプロセスが必要でした。
一方でアメリカ側の技術者が日本語を理解出来ないが故に、ブレイクスルー(突破口)が開きます。
それは文字を模様(記号)として捉え、指定した座標枠に自由に配置できる仕組みを作るという考え方であり、それは漢字を見ただけで無意識に意味を連想してしまう日本人にはなかなか生まれなかった発想でもありました。
ちなみにこのシステムを担当したのは、NASAを担当して人類初の月面着陸に際して彼らが地球に帰還するための精密な軌道計算のシステムを作った当時の最高のエンジニアたちでした。
実は日本経済新聞が目指した紙面作りのコンピューター化は世界初の試みでもあり、当時から多国籍企業であったIBM社にとって世界的なマーケットを見据えることのできる魅力的なプロジェクトだったのです。
また技術的な困難があると同時に、コンピュータを使った紙面作りのシステム開発には膨大な費用がかかります。
決して余裕のある財務状況になかった新聞社がこのプロジェクトを進めるためには、経営者としての先見性、そして社員たちを牽引するための手腕が技術力と同じくらい重要でした。
本プロジェクト実現のために数々の困難に立ち向かう場面描写は、NHKの「プロジェクトX」を見ているようであり、本当にギリギリのところで実現したことが分かります。
そしてこのストーリーと並行するようにして描かれているのが、毎日新聞社が大手新聞社の中から少しずつ没落してゆく過程です。
借金がどんどん膨らんでゆく中で新社屋の建設や子会社への資金援助、さらにはかつての幹部役員たちの私腹を肥やすかのような資金用途が明らかになり、危機感をつのらせた社員や経営者が会社を立て直そうにも複雑な社内の権力闘争によりなかなか進まない過程が描かれています。
こちらはテレ東の「ガイアの夜明け」のような雰囲気があります。
さらに主要な登場人物についても丁寧にその経歴を掘り下げてゆき、それがサイドストーリーのように展開されてゆく構成は多少複雑ではあるものの、上下巻800ページにも及ぶ分量になるのも納得の内容であり、1人の作家が丹精を込めて作り上げた作品であることを実感しながら読み進めました。
私自身は該当しませんが、マスコミ業界で働いている人、これから就職を目指している人であれば必読の作品ではないでしょうか。
メディアの興亡 上
ノンフィクション作家である杉山隆男氏は自衛隊を取材したルポ"兵士シリーズ"が有名で本ブログでも紹介していますが、彼の出発点は新聞記者でした。
本作品「メディアの興亡」は新聞記者を辞めてから作家へ転身したあとのデビュー作であると同時に、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した出世作でもあります。
1986年(昭和61年)に発表された本作品で扱っているのは、かつて彼自身が身を置いていた新聞社であり、中でも大手新聞社といわれる読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞が昭和30年代後半から昭和40年代にかけて経験した激動の時代を扱っています。
戦前から長い期間に渡って新聞は大衆メディアの頂点に君臨し続けていましたが、ラジオやテレビの登場とともにその地位は少しずつ揺らいでゆくことになります。
昭和30年代に入り新聞業界はほかの産業分野と比べて機械によるオートメーション化が遅れている状態で、戦前から続く鉛の活字を人手で1つずつ並べて版を作る活版印刷が中心でした。
さらに通信技術も未発達だったため、新聞本社には新聞記者のデスクと巨大な輪転機を設置する工場を同じ建物内に同居させる必要があり、都心に広大な土地が必要でした。
本書の前半では大手新聞社が全国的に部数を伸ばしてゆく歴史が語られており、さらには時代に取り残されつつある新聞業界を改革してゆくために立ち上がった経営者や技術者たちの物語へと展開してゆきます。
中でも日本経済新聞社は、いちはやく紙面をコンピュータで製作するプロジェクトを立ち上げ、米国のIBM社とともに技術研究を進めてゆきます。
コンピュータ化といってもインターネットが登場するはるか以前の時代だったため、現在と比べるとその性能は著しく低く、複雑な紙面を作成するためには多くの技術的な障壁がありました。
一方で活字を廃止するという方針は、工場で働く多くの社員たちが不要になることも意味しており、労働組合などから激しい抵抗を受けることになります。
新聞業界が経験した昭和の激動を綴ったスケールの大きなドキュメンタリーであり、上下巻で800ページという大作でありながらも読者を夢中にさせてくれます。
心を鍛える
サイバーエージェントを創業して現在は会長職にある藤田晋氏、そしてさまざま分野で実業家として活躍を続ける堀江貴文氏による共著です。
この2人の関係はよく知られていますが、一言で表すとお互いが創業間もない20代の頃から交流が続く気心の知れた同志とも言える関係です。
私の印象ではいつも冷静で落ち着いている藤田氏と、活発でときに過激な発言をする堀江氏という正反対の性格ですが、お互いの価値観には共通している部分も多く、相性が良いように見えます。
タイトルに「心を鍛える」とありますが、お互いに起業家として活躍し、組織のトップとして何度も危機を乗り越えてきた経歴を見れば、2人とも"鍛えられた心"の持ち主であるのは疑いようがありません。
本書はビジネス書でありながら2人の対談という形ではなく、往復書簡という形で学生時代から現在に至るまでの自身の経歴を振り返りつつ、そこへ心を鍛えるためのヒントを散りばめてゆくという形式をとっています。
たとえばアスリートが結果を出すためには強いメンタルが不可欠ですが、それを大会や試合へ向けてピークへと持ってゆく瞬発力が必要になります。
一方で本書の2人のように実業の世界で継続的に結果を出し続けるためには、強いメンタルに持久力が求められます。
そして多くの社会人にとって後者の方が共通する部分が多いのではないでしょうか。
創業期の混乱と目まぐるしい日々、上場してのちの株主や取引先からのプレッシャー、さらに世間からの理不尽ともいえる罵詈雑言など、2人とも多くの苦しかった時期を経験して乗り越えているだけに、本書から何らかのヒントが得られるのと思います。
そしてやはり書籍の良い点は、メディアへ出演して発言する場合と違い、より言葉を選んで丁寧に発信することが出来る点です。
いつもは過激な発言で知られる堀江氏にも本書では読者へアドバイスを与えつつも、時には励ますような語り口であり、いつもと雰囲気が違うように感じます。
また先に説明したように、本書には2人が自らの経歴を振り返る自伝という要素もあり、無味乾燥なノウハウ本とは違い、単純に読み物として楽しめるのもお勧めできる点です。
七帝柔道記II
以前本ブログで紹介した増田俊也氏「七帝柔道記」の続編です。
書店で本書を見つけて迷わず購入しましたが、それは前作が青春スポーツ小説として抜群に面白かったからです。
オリンピック柔道とはまったく異なる寝技中心のルールで行われる七帝柔道(高専柔道)にすべてを捧げた若者たちの青春を描いた作品であり、しかもこの競技は世間から注目される機会もすくないマイナースポーツです。
つまり日本一になったとしても競技者として生活してゆくことは無理であることを承知で長時間に及ぶ苦しい練習に学生生活の大部分を捧げ、勉学や単位取得のための障壁にはなっても手助けになることはありません。
なぜこれだけの練習を続ける必要があるのか?
その理由は、昔から七帝柔道は「練習量がすべてを決定する」と言われているからです。
つまり大学に入学した時点で寝技を本格的に習った経験のある学生は皆無であり、加えて寝技を習得するためには元々持っている素質よりも経験が物を言うという性質を持っているからだと思います。
それ故に大学から寝技を始めた選手が、中高の柔道経験者へ対して勝利することも珍しくありません。
主人公は著者自身であり、自らの経験をそのまま青春小説かした内容となっており、前作では1、2年の頃が描かれており、本作品では3、4年の時期が対象になっています。
3年生にもなると完全にチームの主力であり、さらに4年生になればチームを引っ張る必要があります。
下級生の頃には厳しくてうるさい先輩という存在が邪魔で早く上級生になりたいと考えますが、いざ上級生になると自分のことだけではなく、後輩含めたチーム全体のことを考える必要があり、その重圧を実感すると下級生の頃の方が気楽だったと思うものです。
しかも主人公が所属する北大柔道部は、年に1度行われる七帝戦で最下位という結果が続いて低迷しており、そのプレッシャーはより重いものになります。
延々と続く苦しい練習に耐えながら四苦八苦する毎日は出口の見えない迷路のようなものであり、そうした場面は読者としても苦しい気分になってゆくほどです。
一方で大学で資格の勉強をしたり、一流企業へ就職するために勉学へ勤しんだり、または起業するために人脈つくりに勤しむ学生とは正反対の、つまり損得勘定を超えて七帝柔道という競技に青春のすべてを捧げている主人公たちが輝いて見えるのも事実です。
また私自身が若者だけが持つことのできる無鉄砲なパワーがより輝いて見える年齢になってきているという要因もあるかも知れません。
ちなみに私の好きなTV番組の1つに夏の間だけ放映される「熱闘甲子園」という番組があるのですが、これは甲子園の試合結果を伝えると同時に青春ドキュメンタリーという側面があります。
この番組が好きな人であれば、本作品を夢中で読むことができるのではないかと思います。
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