師匠
本書は落語家の立川志らく師匠が、自らの師匠・談志について語った1冊です。
私自身は昔からの落語ファンではないため、音声や動画を通じて談志師匠の落語を聴いたことはありますが、生で聴いたことはありません。
落語の良し悪しには詳しくありませんが、十八番である「らくだ」、「芝浜」の迫力は動画からも伝わり、談志にしかできない落語という印象を受けます。
また音声で30代の頃の落語を聴いてみても、キレのある畳み掛けるような話芸はとても若手の噺家とは思えない技術と貫禄が感じられます。
一方で自分が落語家を志望して誰かに弟子入りすると考えた場合、談志師匠は選びたくないなと思ってしまいます。
それはよく知られているように、破天荒な言動や短気な性格という印象があり、とにかく面倒臭そうだからです。
実は入門前の志らく師匠もまったく同じことを考えていたようで、はじめは金原亭馬生師匠(昭和の名人・古今亭志ん生師匠の長男)へ弟子入りするつもりでしたが、弟子入りする前に馬生師匠が亡くなってしまい、たまたま入った池袋演芸場で出番のあった談志師匠の落語を聴いてシビレてしまい、弟子入りを決意したそうです。
そして実際に弟子入りして毎日師匠の家へ通うようになると、予想通りというべきか色々な場面でカミナリを落とされる日々が続きます。
弟子の立場から見ると理不尽としか思えないようなことばかりですが、どんな場合でも談志独特の価値観に基づいたものであり、弟子の中で唯一師匠の家に通い続けて家事やカバン持ちをしているうちに、その考えか少しずつ理解できるようになってきます(ちなみにほかの弟子は人間修行と称して築地の魚河岸へ送られていたそうです。)。
志らく師匠は兄弟子の中でも年齢の近い談春師匠と行動を共にすることが多く、兄弟子たちとの二つ目昇進のための試み、晴れて二つ目となり祝賀パーティーにまつわる話、その他数々のエピソードなどを読んでいると、苦労しながらも青春小説のような爽やかさを感じてくるから不思議です。
たまに談志師匠が弟子の反論に合って言葉に詰まる場面や、珍しく弟子を褒める場面などもあり、理不尽一辺倒ではない師匠の優しさが垣間見れるのもポイントです。
しかし師匠と弟子の関係は永遠に続くものではなく、ガンを患い声が出なくなってきた談志師匠の晩年に差し掛かると別れを予感した寂しさが滲んでくるようになります。
その頃は志らく師匠を含め弟子たちは真打ちとしてそれぞれ忙しい日々を過ごしていることもあり、カバン持ちの頃のように病身の談志師匠に付き添うこともできません。
そして言葉も交わすことも出来ないほど衰弱した師匠との最後の対面は本作品のクライマックスだといえます。
作品からは弟子たちの中でもっとも長く談志師匠の側にいた志らく師匠は、もっとも師匠を理解し、そして自分が師匠からもっとも評価されていたという自負が感じられます。
同時に「それは勘違いだ」、「思い上がりだ」という兄弟子やファンたちの声が聞こえてきそうですが、そうした批判も覚悟した上での作品であることも感じられました。
人生を豊かにしたい人のための講談
講談師で人間国宝でもある神田松鯉先生による1冊です。
本ブログで過去に著書を紹介したこともある人気講談師・神田伯山先生の師匠であることでも知られています。
初心者向けにやさしく講談を解説している内容ですが、所々に自身の経歴も書かれており自伝的な要素も含まれています。
- 第一章 講談と落語はどこが違うのか
- 第二章 講談の魅力
- 第三章 講談はどこで聞けるのか
- 第四章 講談の有名な話は
- 第五章 講談師の修行とは
- 第六章 講談の歴史
- 第七章 講談古川柳
私自身は年に2、3回ほど寄席へ行きますが、15人ほどが出演するプログラムで過半数が落語家、その中で1人か2人ほどの枠で出番がある講談師の一席を聴く程度であり、まったくの初心者ではありませんが、詳しくもありません。
よって本書の解説によって、たとえば講談の始まりが戦国時代にまで遡ること、細かい作法などを始めて知ることも多くありました。
現在は若手・中堅の活躍もあって再び講談が脚光を浴びていると言いますが、かつての講談の最盛期は江戸後期から明治時代にかけてであり、江戸だけで講釈場が200件以上あったという信じられない数字が残っています。
昭和25年に開業した東京唯一の講釈場であった本牧亭も平成23年に幕を閉じてしまい、人気を盛り返してきているとはいえ、現時点で常設の講釈場は1件もない状態が続いています。
とくに松鯉先生が講談の世界に入った昭和45年頃は沈滞し尽くした状態だったといいます。
客がなかなか入らず、自身も講談1本で暮らしてゆくことが難しいため、結婚式司会者などのアルバイトを兼業していたといいます。
それでも講談師を廃業することなく地道に修行を続け、今では500席以上という途方もない演目数を誇るまでに至っています。
松鯉先生には弟子も多く、講談冬の時代と言われようとも研き続けた技を次の世代へ伝えてきたからこそ今の人気があるのだと思います。
またそれどころか今でも83歳という年齢で寄席へ上がり続けており、私も1度聴いたことがありますが、年齢をまったく感じさせない素晴らしい芸だったことを覚えています。
ちなみに講談には連続物と呼ばれる連続ドラマのような長編があり、松鯉先生はこの連続物こそが講談の醍醐味だといいます。
中でも赤穂義士伝には300前後の演目があると言われ、その数には驚きますが、いつか20席くらいの長編を数日かけて聴き続けたら楽しそうだなと思います。
日本人の「あの世」観
前回に引き続き梅原猛氏の著書です。
「百人一語」は学者らしいエッセイでしたが、本書では著者の取り組んできた研究成果の講演や論文が掲載された学術的な1冊です。
著者ははじめ西洋哲学を研究していましたが、経済発展に伴う環境破壊や格差拡大といった近代社会における諸問題を自我中心の哲学では解決できないと考え、人間を自然(宇宙)の一部としてとらえる日本文化を根本的に問い直す研究へと転向します。
なぜ対象が日本文化かといえば、いま一度、人類の歴史を根本的に反省し直すためには、人類が狩猟採集していた頃の原始的な文化(つまり縄文文化)にまで遡って知る必要があり、そうした文化の名残りが世界的に見ても日本の中に著しく残っていると考えたからです。
日本文化の中でもとくにアイヌ文化、沖縄文化にそうした傾向が強いとして、そうした一連の研究成果が体系化されてゆき、「梅原日本学」とまで呼ばれるようになりました。
その研究範囲は文学・歴史・宗教・民俗学を包括した広大なものであり、本書ではそうした研究活動の内容を包括的、またはその一部分が紹介されています。
本書のはじめでは日本人の死生観、つまりタイトルにある「あの世」観について語った講演内容が収録されています。
まず原始仏教(インド仏教)では、宗教として人間の死に関する儀式は司っていませんでした。
それを葬式として司るようになったのは、仏教が日本へ伝来して発展を遂げたのちであり、それは元々日本人が持っていた「あの世」観への強い信奉と融合した結果だといいます。
もともと日本人は「あの世」を"天国と地獄"、もしくは"極楽と地獄"といった上下の位置関係では捉えておらず、人間の魂は「あの世」と「この世」を行き来するものだという考えがあり、「あの世」へ行ったご先祖様はいつか「この世」に生まれ変わる、つまり行き来するものとして考えていました。
たしかにお盆の送り火を見ると、宗教行事というより土俗的な儀式の名残りといった雰囲気を感じます。
こうした傾向はとくにアイヌ文化、沖縄文化において顕著であり、その理由はまず大陸から稲作文化と最新技術が九州へと伝わり、やがて西日本から近畿地方にかけて日本史上初の中央集権を打ち立てた際に、その勢力が及びにくい日本の南北両端において原初の日本文化が色濃く残り続けたからだと説明しています。
もちろん中央集権化された日本人たちも縄文文化をまったく消去してしまうのではなく、その一部を取り込んでいます。
そうした観点から本書ではアイヌ語と日本語の共通点、さらには沖縄方言とアイヌ語の共通点などを過去の言語学研究の成果を交えて紹介しています。
さらに梅原氏は「古事記」、「日本書紀」を研究することで仏教伝来前の日本文化を研究したり、日本仏教が独自に発展してきた過程を研究したり、さらには「万葉集」や「古今集」といった和歌に残る日本語や考え方の中からも、日本文化の基層を見つけ出そうと試みています。
私には本書の内容が学術的に正しい・誤っているという判断はまったく出来ませんが、とても興味深い研究アプローチだと思いますし、少なくとも充分な説得力があるように思えました。
これまで紹介してきたように本書は学術寄りの内容ではありますが、一部を除いて難解な箇所は少なく、たまには活字から一般教養や知識を深めるたにこうした本を手にとってみるのはいかがでしょうか。
百人一語
本ブログで初めて紹介する梅原猛氏の著書です。
過去にテレビに出演されていた場面や学術系の新書などで氏の言葉や文章が引用されている箇所を見かけることがあり、名前は以前から知っていました。
本書のプロフィールを抜粋すると以下のように紹介されています。
国際日本文化研究センター所長等を歴任。
縄文時代から近代までを視野におさめ、文学、歴史、宗教等を包括して日本文化の深層を解明する幾多の論考は(梅原日本学)と呼ばれる。
つまり学者ということになりますが、哲学者と紹介されていることもあり、幅広い研究を続けてきたことが伺われます。
ただし本書は学術的な本ではなく、百人の日本人の残した言葉を引用しつつ、その人の「思想」や「人生」を論じた朝日新聞に掲載されたエッセイを1冊の本にまとめたものです。
織田信長、西郷隆盛、夏目漱石、太宰治、正岡子規など知名度のある人物の言葉を紹介している回も多いですが、あまり知られていない人物を取り上げている回も多く、著者の得意とする古代日本、宗教に関する人物、さらには神話の登場人物を取り上げている点が目を引きます。
その中でも何人かを簡単に紹介すると以下の通りです。
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)
応神天皇の皇子。兄の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)に皇位を譲るために自殺する。
木梨之軽太子(きなしのかるみこ)
第19代允恭天皇の子。弟の穴穂御子(あなほのみこ)政争に敗れて伊予に流される。
慶滋保胤(よししげやすたね)
陰陽師の大家・賀茂忠行の次男。源信とともに浄土教の基礎を作る。
景戒(けいかい)
奈良後期~平安初期の薬師寺の僧。「日本霊異記」を撰述する。
また著者は日本文化のルーツを知るために古代文化やアイヌ文化を積極的に研究してこともあり、柳田国男、折口信夫、南方熊楠、伊波普猷といった民俗学者を取り上げているのも印象的でした。
連載エッセイということもあり、1人あたり3ページで簡潔にまとめられています。
そのため目次から興味のある人物を探し出して少しずつ読み進めてもよいですし、さらに深堀りして知りたい場合は関連書籍を探してみるなどしてみると読書の幅を広げてくれる1冊です。
わが友 本田宗一郎
著者はソニー創業者の井深大氏であり、タイトルにあるホンダ創業者・本田宗一郎氏とは長年に渡り深い交流があったことはよく知られています。
井深氏は2歳年長である本田氏を兄貴と慕い続けましたが、1991年に本田氏が亡くなり、彼との思い出を振り返りながら、その素晴らしさを広く知ってもらうために本書を執筆したといいます。
2人に共通するのは、優れたエンジニアであり、今でも緻密で高品質な製品を生み出す「ものづくり日本」の原点を築き上げ、それを象徴する人物とされている点です。
また2人は世界一の製品作りを目指し続けた一方で、本田宗一郎には藤澤武夫、井深大には盛田昭夫という卓越した経営やブランド戦略を担ったパートーナーが存在した点も共通しています。
一方で井深氏自身が言うように2人の性格は正反対で、豪快で楽天的な本田宗一郎、控えめで慎重な井深大という面白い組み合わせでした。
本書では過去に2人で行った対談、また本田宗一郎の著書を引用しながらも、2人の間だけの個人的なエピソードも紹介しながら、誇張や飾り気のない等身大の本田宗一郎を読者に知ってもらいたいという試みが読み取れます。
つまり本田宗一郎は豪快なエピソードに事欠かない一方で、世間には"誰も逆らえないワンマン経営者"、"思いつきで行動するエンジニア"といった誤解も存在していたのです。
先ほど説明したように2人に共通するのは技術者という点であり、そのため会社の経営や組織のマネジメントといった点に言及している箇所は少なく、とにかくよい製品を生み出すために必要なこと、そして技術者としての使命感や心構えなどが中心に書かれています。
たとえば「できっこない」という常識に囚われない発想、頭で理解するより自分で試して失敗する重要性、ときには数字や理論よりも直感を信じることなどです。
本書が発表されて30年近くが経過し、現在ではAIの登場が話題になっていますが、ものづくりの本質は今も変わらないと思います。
もしも将来、エンジニアとして活躍したいと考えている人であれば本書から得られるヒントは多いのではないでしょうか。
最後に1つ加えるならば、著者を含めてこの2人は数多くの苦労と失敗を重ねた上で世界に通用するブランドや企業を作り上げてきたということです。
つまり2人が歩んできた道はコスパやタイパといった概念とは程遠いものであり、時には効率を無視してひたすら全精力を打ちこむ経験も大切ではないでしょうか。
檀
昨年夏に檀一雄氏の「火宅の人」をレビューしましたが、そこでは自身が家庭を顧みず愛人を作り、破滅的な生活を送る日々が赤裸々に描かれています。
彼は太宰治や坂口安吾といった作家たちとともに無頼派と呼ばれ、実際に交流もありましたが、2人が早逝したこともあり、こうした生活を送ってきた背景の1つには、自身が「最後の無頼派」という矜持も理由の1つにあったのかも知れません。
本作品は檀一雄が1976年に亡くなり17周忌を終えた年にノンフィクション作家である沢木耕太郎氏が未亡人である壇ヨソ子の元を訪れて、週1回の頻度で約1年間に渡り取材を続けたものが書籍化されたものです。
つまり沢木氏は檀一雄の十七回忌が終わり、遺族たちの気持ちに一区切りついたと思われるタイミングを見計らって、かねてより興味があった"檀一雄の妻"への取材を開始したということになります。
ちなみに「火宅の人」は20年間にわたり断片的に発表され続けた私小説を1つの作品としてまとめたものであり、発表された時期によっては自身がリアルタイムに愛人と同棲している様子をそのまま描いており、そうした意味でも当時は世間を賑わせました。
夫が愛人を作って家を飛び出すという出来事自体は、昭和の時代においては珍しくないのかも知れませんが、檀一家には5人の子どもが残され、しかも次男は日本脳炎の後遺症によって日常的な介護が必要な状態でした。
一雄は女性関係同様に金使いも奔放だったこともあり、家計はつねに火の車でしたが、ヨソ子にとってもっとも辛かったのは、彼の作品を読んでいる近所の人から「夫を愛人に奪われた妻」という視線で見られることだったといいます。
とくに無頼派と言われた一雄にとっての私小説とは、自身や家庭での醜態を含めてすべてをさらけ出すことであり、それを作家としての宿命だと考えていました。
一方でヨソ子にとっては自分のことに留まらず、非行で捕まった長男や寝たきりの次男の病状とその死までもを赤裸々に描かれるのは耐え難いことだったに違いありません。
実際にヨソ子は何度も一雄との離婚を考えたそうですが、そうした心情が少しずつ変化してゆく過程も細かく描かれています。
また「火宅の人」ではおおむね愛人の恵子(実名:入江杏子)との出会いから別れまでが描かれていますが、本書では小説以前のヨソ子と一雄との出会い、そして小説が完結した後の一雄が恵子と別れてからの日々、さらに博多湾の能古島へ移住し、一雄が体に異変を感じ初めて亡くなるまでの出来事に言及しており、まさしく一雄の妻としての期間がすべて描かれている点は注目です。
ちなみに本書は面白い手法が取られており、一貫してヨソ子の視点、つまりヨソ子自身が著者であるかのように書かれています。
多くの出来事がありながらもそれらを乗り越え、結果として死を看取るまで付き添った夫婦の絆を読者へ伝えるためには、作家といえども所詮は他人である沢木耕太郎という立場では限界を感じたのでしょう。
そして結果的にこの試みは成功したといえます。
吉村昭が伝えたかったこと
本書は吉村昭氏が死去した後に文藝春秋社によって編集された1冊であり、2013年に発表されています。
吉村氏が死去したのが2006年であり、本書が出版されるまでの間に起きたもっとも大きな出来事といえば東日本大震災です。
吉村氏には「三陸海岸大津波」、「関東大震災」といった災害に関する著作があり、生前これら著書に関する講演を岩手県の宮古市や田野畑村で行った経験があり、その内容が紹介されています。
続いて生前の吉村氏との交流のあった、また交流はなくとも氏の作品に大きな影響を受けた作家たちが、残された作品や功績について考証しています。
いずれも共通するのは、入念な取材と地道な資料探しによって作品を作り上げるストイックな作家としての姿勢を尊敬している点です。
それは吉村氏は太平洋戦争や日中戦争の証言者が高齢化に伴い激減したことを理由に、さまざまな題材を元に発表し続けた戦史小説を一切止めてしまったことからも分かります。
彼の作品は長編・短編・エッセイ問わず色々と読んできましたが、第三者の視点から語られる"吉村昭"は新鮮であり、ファンの1人として新鮮な気持ちで読むことができました。
そして本書でもっとも特筆すべき点は、妻であり同業の作家でもあった津村節子氏のロングインタビューが掲載されている点です。
今まで吉村氏の私小説の中でもあまり語られることのなかった2人の出会いの経緯などを知ることが出来ます。
さらには生前行われたボクシングを題材としたノンフィクション「一瞬の夏」で有名な沢木耕太郎氏との対談も掲載されています。
吉村氏にもボクシングを題材とした長編や短編作品があり、かつては熱心なボクシングファンであった時期がありました。
1927年(昭和2年)生まれの吉村氏と1947年(昭和22年)生まれの沢木氏では見てきた選手や試合が違い、まさに日本ボクシング界の黎明期から試合を見てきた吉村氏の証言は貴重なものだと思います。
また吉村氏が取材で訪れた旅先で出会ったいい肴と酒、旅の思い出などを過去に発表されたエッセイの中から抜粋して掲載している箇所もあります。
そして最後は吉村昭氏の完全ブックガイド&年表が掲載されており、とくにブックガイドでは各作品ごとに簡単な紹介文も掲載されているため興味のある題材や作品を探す際にも役に立ちます。
色々な企画が450ページもの文庫本に凝縮されており、まるで豪華なムック本を読んでいるようでした。
吉村昭氏の作品をある程度読んでいる人向けの本ですが、氏の作品が好きな人であれば是非読んで欲しい1冊です。
夏への扉
SF界の長老と呼ばれたロバート・A・ハインライン氏の作品です。
本作品は氏の代表作の1つであり、とくに日本では人気の高かった作品のようです。
人気の理由を考えると、恋人と友人に裏切られ、自らが創業した会社を追い出された主人公のダニエル・ブーン・デイヴィス(通称:ダニイ)が幾度のピンチを切り抜けて人生の底から這い上がってゆくというストーリーが日本人好みだったのではないでしょうか。
本作品が発表されたのは1956年ですが、作品の初めの舞台となるのは1970年です。
主人公のダニイは生粋の技術者であり、文化女中器(ハイヤードガール)と呼ばれる自動掃除機を発明し、やがてそれを主力製品にして友人のマイルズと同名の会社を立ち上げます。
その機能は以下にように述べられています。
文化女中器は1日24時間、静かに汚れを求めてあるく。 曲がり角であろうとどこだろうと、塵ひとつ見落とさず、すでにきれいになっている床は素通りして、一刻も休まず汚れた床を求めてまわるのだ。
まるで2002年に発売されたロボット掃除機のルンバにそっくりであり、のちに彼は製図家ダンという自動で製図を行う家電を設計し、これものちのCADそのものです。
この2つとも作品が発表された1956年(昭和31年)時点ではもちろん姿形もないものであり、SF作家としてのハインラインの想像力と洞察力に驚かされます。
またこの作品のストーリーで重要となるのが、主人公が未来と過去を行き来するという点です。
1970年では冷凍睡眠(コールドスリープ)の技術が確立されているという設定であり、これによりダニイは30年間眠り続け、2000年に覚醒します。
さらに2000年時点では不完全ながらタイムマシーンが完成しており、これによって再び過去へと遡ることになります。
つまりSF小説では王道のタイムトラベルであり、そこに完成度の高いストーリーを組み合わせた作品であるといえます。
作品中ではいきなり30年後の世界で目覚めた主人公が、そこでのテクノロジーや仕組みの変化に戸惑う場面が描かれています。
それでも主人公は保守的な懐古主義の精神の持ち主ではなく、根っからの技術者であることから分かる通り、短時間で新しい社会に順応できる柔軟性を持っていました。
もう1つ物語のアクセントとして登場するのが主人公の愛猫ピートです。
このピートについては読んでのお楽しみにしたいと思いますが、本書の献辞に「世のなべての猫好きにこの本を捧げる」とある通り、猫好きにとっても楽しめる作品になっています。
家康と七人の忍び
佐藤賢一氏による徳川家康の「伊賀越え」を舞台にした歴史小説です。
よく家康は生涯に3度の危機を経験したと言われています。
1つ目は若き頃に経験した「三河一向一揆」であり、このときは家臣団までもが家康側と一向衆側に分かれて血肉の争いを繰り広げました。
こちらは以前に本ブログでも紹介した宮城谷昌光氏の「新三河物語」でその舞台が詳細に描かれています。
2つ目は西上作戦を起こした武田信玄を阻止すべく両者が激突した「三方ヶ原の戦い」であり、ここで生涯で唯一といえる野戦における大敗を経験しました。
そして3つ目が本作品で描かれる「伊賀越え」です。
織田信長から安土城へ招かれた家康はそこで饗応を受け、その後信長は家康へ京都や境の見物を進められ、自身は西国へ出陣準備をするために京都に入りました。
そこで明智光秀による反乱、いわゆる本能寺の変が起き、信長が本能寺で散った後、僅かな供回りを従えて本国三河へ脱出する過程が「伊賀越え」と言われます。
ただし本作品は家康の目線からではなく、彼を無事に三河へ送り届けるために影で活躍したであろう忍び(忍者)たちの目線から描かれています。
伊賀越えの詳しいルートやその詳しい経過は分かっていませんが、それだけに歴史小説作家として自由に創作できる余地が残されている題材だと言えます。
忍びたちの頭目は服部平太夫正尚(はっとりへいだゆうまさなお)であり、彼はのちに江戸幕府の第2代将軍となる秀忠の生母である於愛の方の養父として知られています。
彼の元には6人の個性豊かな下人を従えており、自身を含めて7人が本書のタイトルになっています。
敵と真正面から渡り合うことは得意な武士ですが、情報収集や隠密行動といった現代でいうスパイ活動には不向きであり、戦国時代でその点は忍びたちの独壇場だったといえます。
ただし最短ルートで堺から三河に脱出するためには伊勢から乗船する必要があり、その道程には忍びたちの本拠地である伊賀を通過する必要があり、必然的に敵も同じ忍びということになります。
忍びの世界には武士や剣豪たちとは異なる彼ら独自の価値観があり、たとえば彼らにとって不意打ちや毒殺といった手段は決して卑怯なものではありません。
一方で共通した部分もあり、それは下忍にとって上忍の命令は絶対である点で、武士と同じように忠義が重んじられていました。
本作品に登場する下忍たちは個性豊かで、特技が変装であったり水練であったり、俊足だったりとエンターテイメント性に溢れています。
こうしたジャンルが存在するか分かりませんが、"時代スパイ小説"として楽しませてくれた1冊でした。
死のある風景
吉村昭氏の短編私小説が10作品収められている1冊です。
- 金魚
- 煤煙
- 初富士
- 早春
- 秋の声
- 標本
- 油蝉
- 緑雨
- 白い壁
- 屋形船
著者は2006年に79歳で亡くなっていますが、本書に収録されている作品は50代後半から60代初めにかけて発表されたもので、この頃から死"をテーマに扱った短編やエッセイが多くなってゆきます。
本書については編集者から収録されている作品が「死に関する短編ばかり」と指摘されて初めて気付き、不思議な思いがしたと記しています。
つまりこの時期は半ば無意識に"死"をテーマに選んでいたということになりますが、著者にとって"死"は幼い頃から身近なものだったようです。
それは九男一女の大家族で育ちながらも兄弟や祖母、両親の死を間近に見てきて、さらに20代前半には自身が末期の結核患者となり、成功率が2割という胸郭形成手術から生還したという経験をしているからです。
その手術も部分麻酔で助骨を6本もへし折って取り除くという激痛を伴う壮絶なものだったそうです。
肉親の死だけでなく、自身も若い頃に大病で「自分は長くは生きれない」という経験をしたことは大きいと思います。
つまり当時の著者は、思いのほか(運よく)長生きできているという気持ちと共に、老齢に差しかかり今度は寿命という"死"を漠然と意識し始め、こうした作品を執筆したといえるのではないでしょうか。
著者は記録小説といわれるほど、綿密な取材と資料調査に基づいて作品を書くことで定評のある作家であり、エッセイや私小説以外では主観的な考えや感情を極力抑制しているという作風があります。
またエッセイや私小説であっても、自らの宗教観や死生観といったものを表現することは殆どありません。
それは当然のように本書に収められている作品にも言えることで、人間にとっての"死"という生理的現象を過大にも過小にも捉えず、ありのままに描いているという印象を受けます。
それだけに扱っているテーマの割には作品から重々しい雰囲気は伝わってこず、まさしく表題にある「死のある風景」が相応しい1冊であるといえます。
作品は肉親や知人の死を扱ったものもありますが、東京大空襲で目にした名も知れない大勢の死を扱った作品もあり、彼の描く死の風景にどのような感想を持つのかはすべて読者に委ねられているような気がします。
また自身が老年となり再び本書を手にとることがあれば、きっと今とは違う感想を抱くのだろうと思える1冊でした。
死顔
吉村昭氏の5つの短編が収録されており、文庫本で約150ページというコンパクトなサイズにまとまっています。
- ひとすじの煙
- 二人
- 山茶花
- クレイスロック号遭難
- 死顔
本書に収録されている作品はいずれも平成17年(2005年)から18年(2006年)にかけて発表された短編であり、吉村氏は平成18年7月31日に79歳で亡くなっていることもあり最晩年の作品ということになります。
この中でも注目すべきは生前最後の作品となった「死顔」になるでしょう。
またよく知られていることですが、吉村氏の妻である津本節子氏も吉村氏と同業の作家であり、本書のあとがきとして吉村氏の最後の様子を語っているという点も注目です。
「死顔」は私小説であり、入院している次兄を見舞い、それから幾日も経たぬうちに亡くなり、そして葬儀へ出席した日々を描いた作品です。
作品は吉村氏らしく淡々と当時の状況と自身の心情が綴らており、そこからは寂しさのようなものは感じられても大きな悲哀は感じられません。
それは亡くなった次兄が87歳という高齢であり、残された家族にも天寿を全うできたという気持ちがあり、当時の著者自身も70代となり切迫した気持ちにならなかったからではないでしょうか。
ちなみに吉村氏は九男一女の大家族で育ちますが、早逝や戦死した兄弟も多く、両親も10代の頃に相次いで亡くしていることから、若い頃から肉親の死を何度も身近に見てきた経験があります。
またこの作品を執筆する頃には、自身の死期をある程度悟っていたのかも知れません。
著者は癌で亡くなっていますが、比較的直前まで普通の生活を送っていたようです。
また用意周到な取材や資料調べをしてから作品を執筆し、締め切りを破ったことのない著者らしく、かなり前から遺書を克明に残していました。
その要点をまとめると、延命治療は望まないこと、自身の死は3日間伏せてその間に妻と長男長女一家の家族のみの家族葬を済ませること、弔花弔電は一切断ることなどが記されていました。
妻によると吉村氏は亡くなる前日の朝、衰弱状態にありながらもビールとコーヒーを僅かに口にして「ああ、うまい」と言い、その日の夜に自らの力で点滴の管を抜き、首の下にあるカテーテルも引き抜き、駆けつけた介護士の処置も拒否して未明に亡くなったそうです。
その場にいた妻と長女は泣いていたとあり、壮絶な最期を迎えたような印象もありますが、きっと吉村氏は自らの死期を悟って自分なりの自然な形で最期を迎えたのではないでしょうか。
最期に余談ですが、本書に収録されている「クレイスロック号遭難」は未発表作品として後に発見された作品です。
北海道近海におけるロシア船籍の遭難を扱ったもので、作家人生の後半を幕末から明治にかけての歴史小説を多く手掛けていた関係で最後まで精力的に活動していたことが伺えます。
著者がまだまだ健在であれば、次回大作のプロットのような位置付けの作品になったはずであり、その死が惜しまれます。
孟嘗君と戦国時代
日本を代表する歴史小説作家である宮城谷昌光氏が、孟嘗君を通じて春秋・戦国時代を読み解くという趣旨で執筆した、いわゆる歴史解説本です。
タイトルには"戦国時代"とありますが、実際には"春秋時代"にもしっかり言及されており、たとえば人気漫画「キングダム」などを通じて同時代に興味を持っている人にはうってつけの1冊です。
私がはじめて春秋・戦国時代に興味を持ったのは学生時代に読んだ海音寺潮五郎氏の「孫氏」が初めてでしたが、本書の著者である宮城谷氏の作品を次々と夢中に読み進めるうちにこの時代が大好きになりました。
大小さまざまな国が興っては消えてゆく戦乱の時代であったと同時に、孔子、老子、墨子など諸子百家といわれる思想文化が黄金期を迎え、さらに歴史には残る名宰相や名将軍たちが次々と登場する時代でもありました。
とはいえ周が衰えて春秋時代が始まり(西周の滅亡)、奏の統一によって戦国時代が終わるまでの期間は500年以上にも及び、その規模や期間においては日本の戦国時代とはスケールが違うだけに戸惑うこともあります。
そこで本書は取っ付きにくいと思われがちな春秋・戦国時代をより多くの人たちに興味を持ってもらうために執筆された1冊であるといえます。
それだけに決して難解な内容ではなく、本書で紹介されているエピソードはどれも読者の注目を引きやすいものばかりです。
加えてこの時代を分かりやすく理解するためのシンボル的な存在として、戦国時代に斉と魏という2つの大国で宰相を務めた孟嘗君を"戦国時代そのもの"として取り上げています。
ちなみに孟嘗君の活躍を詳細に知りたい人は、著者が「孟嘗君」というタイトルで長編小説を発表しているため、是非そちらを読んでみることをお勧めします。
(本ブログではまだ紹介していないため、いつか再読した際には記事にしたいと思います。)
私自身は過去に著者の作品を読んできた中で、本書に書かれているエピソードの大部分は重複している印象でしたが、改めて再確認するという意味で楽しく読むことができました。
大江戸死体考
ほぼタイトルだけで手にとってみた1冊です。
江戸時代をさなざまな視点から切り取った本は多いですが、"死体"という視点から考察している本はユニークだと思います。
著者の氏家幹人氏は、歴史研究家としておもに江戸時代に関する多くの著書があるようです。
現在の東京では江戸時代とは比べものにならないくらいの人口を抱えています。
これだけの人間が活動しているにも関わらず、もし道端や町中を流れる川で死体が見つかったらとしたら、ニュースになるに違いありません。
つまり現代社会の都市では生活から死が意図的に排除されていますが、江戸時代ではそうではありませんでした。
本書でははじめに江戸における漂流死体の多さについて言及しています。
当時はあまりに浮き死体が多く、いちいち検死する人手が足りないので、海水が流入する水路や川を流れる死体を見つけても奉行所へ届け出る必要はなく、漂着した場合は突き放してよいという規則だったようです。
また当時の江戸では生活水利用のための井戸が無数に掘られており、そこへ身投げをする人も多かったということです。
それも直後にはその事実に気付かず、井戸の中の死体が腐敗し、汲み上げた水が臭うという段階に至ってはじめて気付いたという事例もあったようです。
元禄時代には情死(いわゆる心中)が流行した時期があり、さまざまな理由やケースで情死した様子が当時の文献には残されています。
また江戸時代には"死体"そのものに利用価値がありました。
それはいわゆる"据物斬り"と言われるものであり、日本刀の切れ味や耐久性を試すために用いられたのです。
切れ味だけなら畳や巻藁でも試せますが、日本刀の本質的な存在価値は"殺人のための道具"であり、その道具としての真価を確かめるためには人体を試し切りするのがもっとも信頼があったのです。
もっとも江戸も中期に入り武士とはいえ泰平の世が続く中で実際に人を斬った経験を持つ者は皆無となり、試し切りは一種の専門家たちの手に委ねられました。
その中でもっとも有名なのが、御様御用(おためしごよう)を務めた山田浅右衛門です。
時代小説好きであれば名前を聞いたことのある人は多いと思いますが、山田浅右衛門という名前は代々世襲された名前であり、罪人の首を刎ねる処刑執行人としてのイメージが大きいかも知れませんが、本来は罪人の死体を使って試し斬りをし、刀剣の鑑定を行うのが本業でした。
本書のサブタイトルは"人斬り浅右衛門の時代"であり、後半では代々の浅右衛門をはじめ、彼の弟子たちの仕事ぶりから普段の生活に至るまでを当時の記録から引用しています。
単純に江戸時代を舞台にした小説を読むのも楽しいですが、併せて本書のような作品を読むことで、当時の風景や社会に奥行きを感じることが出来て、より一層楽しめるようになるのではないでしょうか。
観応の擾乱
本ブログでは中公新書から発刊されている日本の大乱シリーズを今まで3冊レビューしています。
シリーズは全4冊らしいので、本書が最後の1冊ということになります。
「擾乱(じょうらん)」という難しい言葉が使われていることもあり、ひょっとするとシリーズ中ではもっとも知名度が低い"大乱"かもしれません。
一方で私が日本史の中でも南北朝時代)が好きで、吉川英治「私本太平記」をはじめ何冊かの作品を本ブログで紹介していることもあり、個人的にはシリーズの中でもっとも馴染みの深いのが本書で取り上げられている「観応の擾乱」になります。
シリーズはいずれも歴史学者によって執筆されていますが、各学者が自らの専門として研究している範囲は特定の時代に限られており、その分深くまで掘り下げて研究するのが一般的です。
そのため各作品とも著者は異なり、本書は南北朝時代を専門に研究している亀田俊和氏によって執筆されています。
私が抱く「観応の擾乱」のイメージを一言で表すと"日本史上最大の兄弟喧嘩"です。
2人だけの兄弟喧嘩であれば周りに被害はありませんが、その2人が権力者のトップ1と2(足利尊氏と足利直義)だったことが大乱につながります。
つまり日本全国の守護大名たちも真っ二つに両陣営へと分かれ、当事者のみならず日本各地で争いを始めてしまうからです。
さらにそこへ室町幕府(北朝)によって劣勢に立たされた南朝陣営も争いに加わるため、事態はさらに複雑になっていきます。
ところで室町幕府の初代将軍である足利尊氏は不思議な人物です。
たとえば織田信長のように強烈なリーダーシップで家臣をまとめ上げるタイプではなく、いざという時の瞬発力は文句無しなのですが、どうも持続力には欠け、情熱や意欲を失ったかのように政治へ対して無関心になるタイミングがあります。
そのため鎌倉幕府を滅ぼし、さらにライバルだった新田義貞や後醍醐天皇に勝利した後は、実務を弟の足利直義や執事の高師直やに丸投げし、自身は引退したような生活を送っていた時期がありました。
観応の擾乱はまさにそうした時期に勃発したものであり、はじめは足利直義と高師直の間で勃発します。
正確な図式は足利尊氏&高師直 VS 足利直義 ということになりますが、尊氏には当事者意識があまり感じられません。
この争いは直義の勝利によって決着しますが、第二幕は尊氏 VS 直義という対立が始まります。
窮地に陥るに至って尊氏はようやくやる気を取り戻す一方で、今度は直義側に覇気が感じられなくなります。
どうも2人の間には心底憎しみ合った形跡は無く、取り巻きの大名たちに担ぎ上げられた結果として引くに引けない事態にまで進展してしまったような雰囲気があります。
しかもこの乱の過程においては両陣営ともに頻繁に入れ替えが発生しており、その過程がまるで派閥争いをしている政治家のようです。
またこの乱の重要なキーパーソンが尊氏の息子である義詮と直冬であることも分かってきます。
本書から観応の擾乱における詳しい過程を知ることができると同時に、著者の亀田氏は定説とされてきた解釈に疑問を持ち、自らの考えを述べている箇所などは従来の太平記への印象を変えるようなきっかけを与えてくれます。
とにかく新書という手軽に読めるという意味で太平記ファンなら必読であると同時に、そうでない人にとっても日本史の面白さを発掘するきっかけになる1冊になっています。
近畿地方のある場所について
本ブログではジャンルを問わず色々な本を紹介しようと思いつつも、ホラー小説の分野はラヴクラフト全集を紹介した程度だったこともあり、2年近く前に購入したまま積ん読状態になっていましたが、"今どきのホラー小説"を読んでみようと引っ張り出してみました。
著者は「背筋」というペンネームであること、はじめに本作品が話題になったのは小説投稿サイトであるという点も"今どきのホラー小説"を感じさせてくれます。
ホラー小説はミステリー小説と似ている部分があり、ストーリーそのものを紹介してしまうとネタバレになってしまい、これから読む人の意欲を半減させてしまうため極力避けたいと思います。
まず面白いと思ったのは、本作品のストーリーそのものは極めてシンプルですが、多くのショートストーリーによって構成されているという点です。
正確にはショートストーリ-ですらなく、中には掲示板(BBS)の書き込みだけ、独り言のような記述だけで終わる場合もあります。
また作品中ではタイトルにある"近畿地方のある場所"は"●●●●●"という伏せ字で記載されていますが、ショートストーリーのいずれもが直接的、間接的に関わらずその場所へ関係のあるものになっています。
このショートストーリーを読者の頭の中で組み合わせてゆくこで、"●●●●●"にある怪奇の正体を推測できるという構成になっています。
私自身は読み進めてゆくと、令和版のクトゥルフ神話のような印象を受けました。
理由として主人公たちの脅威となる怪異は人間の力をはるかに凌駕した一種の"邪神"のような圧倒的な力を持っているという点です。
クトゥルフ神話であれば"異形の神々"と呼ばれるような存在であり、その正体を探ろうとした人間は命を失うか、運が良くても正気を失うという末路を辿ることになります。
また本作品がミステリー作品と違うのは、怪異の正体が明確に解説されていないという点です。
こうした手法はホラー小説では常套手段でもあり、読者それぞれの判断に委ねる余地を残しておいた方がより印象に残るものです。
私自身は自分なりの答えを得ることが出来て納得することができましたが、読む人によってはこの部分にストレスを感じてしまうかもしれません。
この物語では"山"が重要なキーワードになっていることから本ブログで過去に紹介した「山怪」シリーズを、また民俗学な雰囲気は柳田国男の「遠野物語」を連想してしまう要素もあり、個人的には楽しく読むことができました。
やはり日本の夏は怪談やホラーが風物詩であり、冷たいビールを片手に本書を読みながら夏の夜を過ごすのも悪くないと思います。
沖縄戦いまだ終わらず
都道府県魅力度ランキング上位の常連であり、実際に訪れる人の多い沖縄県。
私自身も訪れたことがありますが、青い海と空、そして琉球王国時代から続く独自の文化はたしかに魅力的で何度も訪れたくなる気持ちが分かります。
一方で普天間飛行場を名護市辺野古へ移設する基地移転問題、オスプレイの配置問題など安全保障に関わる課題がつねに政治の争点になり続け、これは日本の国土面積の約0.6%しかない沖縄県へ在日米軍専用施設面積の約70%以上が集中していることに起因します。
この長年に渡り是正されない不平等な基地負担による沖縄県人たちの不満と怒りは、ときに沖縄独立という言葉まで飛び出すほどに強いものです。
騒音、米軍兵士の暴行、戦闘機墜落の危険性、さらには飛行場移転先の辺野古における環境破壊など、怒りの原因は複雑かつ多岐に渡りますが、その源流は1945年4月から6月にかけて行われた太平洋戦争における日本で唯一の地上戦の舞台となった史実に集約されます。
当時の状況は「鉄の暴風」とも評され、銃弾、艦砲射撃などが嵐のように飛び交った凄まじい風景が想像できます。
著者の佐野眞一氏はノンフィクション作家の大御所であり多くの社会問題を取り上げていますが、この沖縄の問題についても精力的に取材を続けており、本書は2010年前後に取材した内容を元に書かれています。
まず本書では沖縄戦で家族を失い、孤児となった人たちを取材しています。
目の前で家族を失い、自らも負傷しながら戦場を彷徨い歩き、やがて孤児院へ収容されるといった経験を持つ人たちへインタビューを行っています。
中には当時は幼過ぎて自分の名前も覚えていない方や、孤児院から引き取られた先の環境から学校へ通わせてもらえず文字を読み書きできないといった方もいます。
また当然ながらこうした経験は強烈なトラウマとなって残り続け、高齢になっても被害者たちを苦しめている現状にも言及しています(晩発性PTSD)。
続いて有名な「ひめゆり学徒隊」の生存者へも取材を行っています。
彼女たちはおもに傷病兵の看護のために動員された当時の女学生たちすが、半数以上が米軍の攻撃、または集団自決によって命を落としています。
もちろん本書に掲載されているインタビューからもその悲惨さが充分に伝わってきますが、著者は糸満市にある「ひめゆり平和祈念資料館」には亡くなった1人1人の生徒や教師の名前と写真のパネル、遺留品等が展示されており、是非訪れて実際に目にして感じてほしいと記しています。
そして次に沖縄の各地で起きた集団自決の真実へ迫っています。
中でも渡嘉敷島には200名のうち150人ほどが集団自決をした当時の現場が保存されており、著者はそこで生き残った人へ取材を行っています。
圧倒的な戦力を持つ米軍の上陸に伴い、抵抗する術を失った住民たちは日本軍兵士たちによって集団自決を迫られたといいます。
「生きて虜囚の辱めを受けず」とは日本軍全体の方針であり、沖縄に限らず各地の戦場で見られた痛ましい光景ですが、老若男女問わず兵士ではない住民たちが集団自決を迫られたのは地上戦の行われた沖縄以外にありません。
そのための手段として手榴弾が用いられましたが、その数は充分ではなく、中には刃物によって頸動脈を断ったり、我が子の首を締めて窒息死させるなど、この世の地獄のような状況が生まれました。
著者はこの現場で兄と一緒に母、妹と弟を手にかけた凄まじい経験を持った方へのインタビューを行っています。
自分も母も号泣しながら何度も石を振り下ろし撲殺した様子を聴いているときは、息もできないほどだったと著者は言います。
その直後に現場を訪れた米兵たちは「いままで目にしたものの中で最も悲惨」と表現する光景が残されていました。
そして最後に文庫版に加筆する形で2014年に行われた飛行場の辺野古移転を焦点とした沖縄知事選挙についても触れらています。
事実上、3期目の続投を目指す移設賛成派の仲井眞弘多氏と、移設反対を掲げる翁長雄志氏による一騎打ちでしたが、当時からたとえ翁長氏が知事になろうとも飛行場移設は止められないという危惧があり、残念ながらそれが現実のものになったことを今の私たちは知っています。
いくら沖縄の観光名所、音楽や料理をはじめとした文化を知ろうとも、本書に掲載されているような戦争の歴史を知らなければ、本当の沖縄を知ったことにはならないと実感した1冊でした。
壁
安部公房氏が27歳のときに発表して芥川賞を受賞し、その名前が世に知られ日本を代表する作家へと駆け上るきっかけとなった作品です。
いわゆるオムニバス形式であり、最初の2つは中編小説、残りの4作品は短編小説になっています。
- S・カルマ氏の犯罪
- バベルの塔の狸
- 赤い繭
- 洪水
- 魔法のチョーク
- 事業
著者がまだ若いということもあり、のちに発表される「失踪三部作」(砂の女、他人の顔、燃え尽きた地図)とは明らかに作風が異なります。
全盛期の作品は重厚なミステリー小説のような雰囲気がありますが、本作品は荒唐無稽なSF小説といった印象を受けました。
その一方で作品で扱っているテーマには後の作品と共通したものがあり、それは現代の人間や集団(社会)が持つ潜在意識を深く観察して、それを象徴的にストーリー化している点です。
本書の中でもっとも長い作品である「S・カルマ氏の犯罪」では理由や原因は不明ながらも、とにかく自分の名前を忘れた(失った)男が主人公です。
名前以外の記憶はあるのに、名前だけを思い出せない主人公は、やがて犯罪者として理不尽な裁判にかけられることになりますが、その裁判の内容も支離滅裂なものであり、あらすじを紹介すること自体にはあまり意味がありません。
とにかく突然訪れる理不尽さと意味不明さは、まるで寝ている間に見る夢を鮮明に描いたような作品であり、妙な説得力を感じさせる作品です。
次に「バベルの塔の狸」では、売れない詩人が持つ妄想が1匹の狸のような動物となって主人公から分離し、行動を共にするというストーリーです。
こちらも前作に劣らず荒唐無稽なものですが、そもそも人間の脳内において現実と妄想を区別する境界線(壁)は曖昧なものであり、とくにストレスが多い現代社会では妄想が現実を支配することもあり得るという意味においては、こちらも妙な説得力を感じさせるのです。
本作品は1951年(昭和26年)に発表されており、令和の時代に読んでも驚くほど古典的な作品といった印象はまったく受けません。
純文学とはかなり距離を離れた作品ですが、その代表者である川端康成氏が本作を高く評価したというのは面白い点であり、こうした作品が新しい時代を切り開くことを当時から予感していた点にも驚かされます。
燃えつきた地図
『砂の女』、『他人の顔』、そして本書『燃えつきた地図』は安部公房氏の代表作であると同時に失踪三部作と呼ばれており、いずれも1960年代に発表されています。
3作品のうち2冊は本ブログでレビュー済であり、本作品が最後の1冊ということになります。
たしかに"失踪"がキーワードになっていますが、そのシチュエーションは作品ごとにかなり異なっています。
「砂の女」では主人公が砂の家に閉じ込めれ、世間から失踪者と見なされる立場となります。
とくに作品の序盤から中盤にかけて描かれる周囲から孤立した部落内で行われる怪奇めいた風習は、ホラー小説を思わせる雰囲気があります。
「他人の顔」では主人公が自らの意志で妻の前から失踪します。
自らの顔を失ったと感じている主人公が、異常なまでの執着心で精巧な他人の顔を作り出し、そのまま他人になりすましてゆく過程は人間が内面に抱える闇を描くサイコスリラーのような雰囲気があります。
そして本作「燃えつきた地図」の主人公は興信所員(今でいう探偵)であり、失踪してしまった夫を探し出して欲しいという依頼を受けるところからストーリーが始まります。
殆ど形跡らしきものを残さずに、こつ然と日常から姿を消した人間を探し出す過程は、まさしくミステリー小説そのものです。
一方でそれぞの作品にホラーやサイコスリラー、ミステリーのような雰囲気はあっても、決してそのものではなく、"安部公房ワールド"としか言いようのない独自のジャンルを築き上げています。
何百万という人びとが暮らす大都会を巨大なコミュニティと見なすことができると同時に、誰もが自分以外の他人へ対して感心がない、つまり人間関係が希薄なコンクリートジャングル、あるいは東京砂漠といった言葉で表現することも可能です。
そして失踪者を捜索する主人公の前に登場すののは一癖も二癖もある人物ばかりです。
たとえば天然なのか何か秘密を隠しているのか分からない失踪者の妻であり依頼人でもある女、その弟で住所職業不定のアウトローな雰囲気を漂わせる男、精神的に不安定で虚言癖のある失踪者の元部下などです。
主人公は各地に足を向けますが、失踪者の発見につながる決定的な情報がなかなか出てきません。
その過程を読んでゆくと、失踪者の捜索というよりもいつの間にか主人公自身が都会の抱える孤独や闇を巡礼しているかのような錯覚に陥ってきます。
そういえば失踪三部作以外にも本ブログで紹介した「箱男」も、登場するのは人との接触を断ち、社会から身を隠した人たちであり、やはり"失踪"というキーワードが関わっています。
昭和30年代から現代人の抱える"孤独"を象徴的に小説化し続けてきた安部公房という作家の前衛的な取り組みは令和の時代になっても読者を惹きつけてやまないのです。
贅沢な時間
本書は三笠書房から「知的生きかた文庫 わたしの時間シリーズ」として出版されている1冊です。
著者は下重暁子氏であり、本ブログでも彼女の本を何冊か紹介しています。
下重氏は故・野沢陽子氏の1年後輩でNHKアナウンサーとして入社し、のちに作家へ転向して多くのノンフィクションやエッセイを手掛けています。
現在90歳近くでご存命であり、おそらく本書は50代後半の頃に発表したエッセイであり、タイトル通り「贅沢な時間」をテーマにしています。
内容は5章からなっており、生活や人生の局面ごとに「贅沢な時間」に言及していますので、簡単に紹介してみたいと思います。
第1章 あたり前の日常を楽しむ贅沢
休日はベランダで朝食をとりながら季節を感じたり、毎日の食卓、またお酒や外食の楽しみ方など、人生とは切っても切り離せない"食事"の話にはじまり、休憩の時間や入浴、就寝など日常のライフサイクルを中心に贅沢な時間の過ごし方について言及しています。第2章 新しい自分に出会う贅沢
習い事をはじめとした趣味に関する話がまとめられています。人間は何歳になってからも新しく学べぶことでき、また新しい学びを通じて刺激と楽しみを得ることができるのです。
第3章 旅の仕方を変える贅沢
有名な観光地を巡るというありきたりの旅行ではなく、ゆっくりと日常から離れてリラックスできることこそ贅沢なのです。ここでは著者が自分流の旅の仕方を紹介しています。
第4章 四季を遊ぶ贅沢
季節の変わり目、つまり風流を楽しむ暮らしは日本人が古来より得意としていた分野です。著者が季節の行事、また衣替えなどを楽しみながら暮らしている様子が分かります。
第5章 一人時間を味わい尽くす贅沢
"一人の時間を楽しむ工夫"というよりは、"一人の時間を大切にする"といった視点で書かれています。 本テーマに興味のある方は、過去に本ブログで紹介した「極上の孤独」も読んでみることをおすすめします。誤解を恐れずに言えば、ネットや本屋で見かける小手先の工夫や知恵による効率化によって生活の質を向上させようというライフハックのような内容とは一線を画しており、時には非効率な方がより人生を楽しめるといった方向の内容です。
すくなくとも人生を幸せに生きてゆくには「お金をかける=贅沢」、「タイパ・コスパ=豊かな生活」といった発想は変える必要があると思わせてくれる1冊です。
中国の隠者
"隠者"という単語と、岩波新書というだけの理由で手にとってみた本です。
"隠者"というと"世捨て人"という言葉とほぼ同義であり、ここに中国というキーワードが入ると個人的には"仙人"ようなイメージを持ちます。
ただし本書は老荘思想に出てきそうな仙人へ言及したものではなく、サブタイトルに「乱世と知識人」とある通り、優れた知識を持ちながらもあえて仕官の誘いを断り、もしくは1度は仕官するもその地位をあっさりと捨てて俗世界から距離を置いて生きてきた人びとたちを取り上げています。
著者の富士正晴氏は作家、詩人、また版画家として活躍された方のようです。
富士氏は中国思想や歴史の専門家ではありませんが、何よりも彼自身が晩年は竹やぶに囲まれた自宅に引きこもって活動していたそうで、「竹林の隠者」と呼ばれていたようです。
つまり中国の隠者たちを自らの境遇に重ねていたはずであり、本書はそうした隠者たちの経歴や暮らしぶりに言及し、考察した1冊となります。
はじめは春秋時代の孔子、そしてその弟子たちの中でもっとも隠者の風格のあった顔回へ言及しています。
続いて范曄が「後漢書」の中で隠者たちへ言及した逸民伝(いつみんでん)に登場する隠者たちを紹介しています。
そして3世紀の魏晋時代の代表的な隠者たち「竹林の七賢」、その中でもとくに阮籍(げんせき)、嵆康(けいこう)を中心に、彼らの生き方を著者独自の切り口で考察していきます。
最後は隠者のような生活を送った詩人として有名な陶淵明(とう えんめい)の生涯を追っています。
陶淵明は田園詩人として知られて、また著者自身も詩人であったことから、本書に登場する隠者たちの中ではもっとも大きな影響を受けたと思われます。
著者は「金瓶梅」、「紅楼夢」といった有名な文学作品を翻訳した経験もあり、中国語には通じていたようです。
一方で学者のような専門家ではないため、時には自身の感覚で翻訳しながらも、要所は吉川幸次郎(中国文学者)や貝塚茂樹(中国史学者)の解説を引用したり、また陶淵明への鋭い考察で知られる魯迅の言葉を紹介したりしています。
「竹林の七賢」、「陶淵明」などは名前だけをかろうじて知っている程度ですが、本書は隠者へ対しての体系的な研究を目的としたものではなく、散文的に隠者を論じたエッセイといった印象を受けました。
所々に漢文のために読み下し文が登場するものの、これは古典の雰囲気を伝える上で欠かせない要素でもあり、全体としてはそれほど難解な印象は受けませんでした。
たまに私にとってはお手上げのような専門書を手にとってしまい、途中で諦めて放り出してしまった経験はありますが、本書は最後まで知的好奇心の赴くまま楽しみながら読むことができました。
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